第1話 主婦、美咲。ダンジョンを前に立ち尽くす。

1話:主婦、美咲。ダンジョンを前に立ち尽くす。



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「えっと……どうしよう……」


床下に現れた異世界じみた階段を前に、藤堂美咲は座り込んでしまっていた。

現実感がない。というか、洗濯物まだ干してない。昼ごはんの材料も切ってない。


でも、確かに——床下にダンジョンがある。

しかも、青白い光の中にはメニュー画面のようなものが浮かんでいた。



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[Private Dungeon System – Version 1.00]


所有者:藤堂 美咲(とうどう みさき)

状態:開通済

階層:地下1階(未踏破)

ランク:E

特性:静音、害獣無効、時間流速1/2(内部)



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「なにこれ……ゲーム?」


思わず手を伸ばすと、宙に浮かんだウィンドウが**“ぴこんっ”**と反応した。



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[案内]


このダンジョンは【家庭用支援型】パーソナルダンジョンです。

家事・生活・健康を支援するアイテムがランダムでドロップされます。

※モンスターは低危険度のスライム系、擬態植物系のみとなります。



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「家庭用……支援型……ってことは……」

美咲はおそるおそる考える。


「……冷蔵庫の中身が増えたりする?」

「……激落ちくん(洗剤)がドロップされたりする?」

「……私の家事、超はかどったりする???」


——胸が、わくわくしてしまった。

節約のためにチラシを三軒分見比べて、徒歩20分のスーパーまで歩いていた主婦が、である。



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「ちょっとだけ、覗くだけなら……いいよね?」


エプロンをつけたまま、長靴に履き替えた美咲は、

ホウキと虫取り網を手に、家庭用ダンジョンにそろりと足を踏み入れた。



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そこは、石造りの通路だった。

幅は2メートルほどで、天井もそこまで高くない。

「思ったより……地下室みたいで怖くないかも」なんて思っていたその時。



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ぴょんっ


「うわっ!?」


視界の端をなにかが跳ねた。

ぬるっとした体表。つるんとした丸い形。薄い青の、ゼリーのような質感。


そう、スライムである。



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「ま、待って!戦う道具なんて——」


だが、次の瞬間。


虫取り網を構えた美咲の頭の中に、ひとつのアイコンが浮かび上がった。



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【主婦スキル:《掃除の達人(Lv.1)》 発動】


《掃除の達人》効果:

・スライム系への命中率+50%

・清掃器具使用時、威力+20%

・倒したスライムから「衛生系アイテム」がドロップしやすくなる



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「……ちょっと待って、掃除スキルって戦闘スキルなの!?」


思わず突っ込みながらも、反射的に振った虫取り網が、見事スライムを撃ち落とした。

ぴしゃん!と音を立てて、スライムが消える。


その場には、キラキラした小箱が残された。



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「えっ、ドロップ……!」


震える手で拾い上げる。箱の中には、**「除菌スプレー【高性能】」**が入っていた。


「え、なにこれ……」


ラベルには【99.99%除菌/瞬間消臭/香り:シトラスハーブ】と書いてある。


そして、またぴこん、とウィンドウが現れる。



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【除菌スプレー(高性能)】


使用時、清掃範囲+150%

疲労軽減、気分上昇効果あり

※家庭内に使用可能(効果時間:1日)



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美咲はしばらく無言だった。


「…………最高かよ」


その日、彼女はスライムを3匹倒し、除菌スプレー×2、超吸水スポンジ×1を手に入れた。

そして、家の掃除をこれまでになく効率的かつ快適にやり遂げたのだった。



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