第7話

第7話

― 冬休みの始まり ―



 12月27日。終業式から数日経ち、校舎のざわめきがすっかり消えたころ、私は駅前のカフェで待ち合わせをしていた。冬休み初日。放課後の空気とは違い、休日の昼下がりはどこか自由で、でも少し物寂しさも混ざっている。


 「凛、遅れちゃってごめん!」

 背後から弾む声が聞こえて振り返ると、奏がニットのマフラーをぐるりと軽やかに巻き直しながら走ってきた。髪は少しほつれ、鼻先がほんのり赤い。真冬の風にさらされて、いつもより少しだけ無防備に見える。


 「全然大丈夫。私もさっき着いたばっかりで」

 私は窓際の席を指さし、二人分のホットココアを受け取ると、「寒かった?」と微笑んだ。


 「うん、でも凛に会えるから嬉しくて」

 奏は少し照れくさそうにベンチコートのフードを外し、テーブルに肘をついた。私もココアの温かさを両手で包み込みながら、彼の言葉を胸に押し込む。


 「じゃあ、話してた初詣プラン、今決めよう?」

 私はカフェのメニューを開きながら言った。年末年始は家族旅行があるから、初詣は凛の地元で、二人きりで行きたいと奏に提案されていたのだ。


 「うん。凛のおすすめの神社、連れてってほしいな」

 奏の目は真剣で、その視線を受けると、私の頬は自然と熱を帯びる。あの冬の星空と同じように、奏の瞳は深く澄んでいる。


 「じゃあ、大きめの神社のほうが雰囲気あるし…あそこにしようかな。初日の出も見られるし」

 私はスマホで凛の町にある神社を検索しながら話す。雪が少し残っていて、凛の昔からある小さな鳥居の風情を奏に見せたくてたまらない。


 「それ、すごくいいね。凛と一緒に年越しできるなんて、最高だ」

 奏はココアを一口飲んで、静かに視線を外した。顔に浮かぶわずかな寂しさを、私には見逃せた。家族と過ごす時間も大切だけれど、彼と一緒に過ごせる冬休みは、私にとってかけがえのない時間だ。


 ――冬休み初日、私は父と母に「友達と初詣へ行く」とだけ告げて、近所の喫茶店で奏を待っていた。中学時代のことを思い出すと、冬休み直前はいつも少しセンチメンタルになってしまったけれど、今年は違う。奏とちゃんと予定を立てられるだけで、胸がぽかぽかと温かい。


 「じゃあ、来年の1月1日、朝五時にここで待ち合わせしようか?」

 奏がスマホを見ながら提案する。私たちは帰省や旅行のスケジュールを調整しながらも、必ず初日の出を一緒に見る約束を交わした。


 「わかった。五時にね。寒いから、ちゃんと防寒してきてよ?」

 私がからかうように言うと、奏はおどけた表情で大きくうなずいた。


 「任せとけ! ちゃんと厚着して、お守りまで買ってくるから」

 その言葉に私は笑い、カフェの窓越しに見える冬空を見上げた。雲間からほんのり淡い夕暮れの色がのぞき、遠くで踏切の音がリズムを刻んでいる。街全体が冬休みモードに切り替わり、どこかしんと静まり返っているのが心地よい。


 ――年末の慌ただしさはまだ感じられない。けれど、この穏やかな時間がすべての始まりだと、私は胸の奥で確かに感じていた。冬休みは長いようで短い。奏と過ごす一瞬一瞬を、大切に噛みしめよう。


 「ねえ、凛」

 奏がテーブルの向こう側から声をかけた。私は視線を戻すと、彼は真剣な表情で言った。


 「凛と一緒に、いろんなところに行きたい。映画も、温泉も、夜のイルミネーションも…全部、凛と一緒に見たいんだ」


 その言葉を聞いて、私の心は熱くなった。外は寒くても、奏といればきっとあたたかくなれる。私はココアを最後まで飲み干し、息を吸い込んで笑った。


 「私も、奏といろんな冬を過ごしたい。約束だよ?」

 「約束だ」

 奏は返事をしたあと、そっと指先を私に差し伸べた。そして、手をつなぎながら店の外へと歩き出す。


 冬休みの風は冷たいけれど、手をつないで歩く私たちの未来は、ぽかぽかと温かく満ちている。誰もいない静かな駅前の広場で、ふたりは新しい冬の思い出を胸に刻みながら、これから始まるひとときを楽しみにしていた。

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