猫又娘の大冒険 19

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 三人の言い訳じみた弁解は、夜中というのにまのがどこかへ行くのを偶然、ユキミが目撃したらしく、フクに相談したところ、お城の事ならジャックに頼るしかないということになって、何とかジャックを説き伏せ、まのを探したら何やら女王様と難しい話をしているので聞き耳を立ててしまった、という事でした。

「どうか、お許しを」

 女王様の崇拝者であるジャックは、床に額がめり込むほどに謝っています。

「ジャックを巻き込んだのは、あたしだから許してあげて!」

「本当に悪かったっほい」

 三人が三人とも、女王様とまのに許しを乞います。その様を見て女王様は、

「まのを心配してのことでしょう? 何を責めることがありまうしょうか」

 笑って不問に付してくださりました。

「でも驚きですね。ジャックが二人に協力するなんて」

「もっ、申し訳ございません!」

「いえいえ。褒めているのですよ。ジャック、あなたは口は悪いけれども、本当は誰よりも優しい人ね」

 直々に、ここまでストレートに褒めてもらったことはなかったのでしょう。ジャックはさっきまでの神妙な面持ちはどこへやら、満面の笑みで、

「お褒めいただき、恐縮です!」

 あっさりと立ち直りました。

「それで、何の話をしてたっほい? あまり聞き取れなかったっほい」

 意外にも図太いフクが聞きます。さっきの反省ももう終わったのでしょう。

「そうですね。あなたたちにも関係のある話ですから、まのが良ければ」

 女王様はそう言って、まのをチラリと見ます。

「大丈夫です、女王様。むしろ三人には聞いて欲しいです」

 三人の闖入ちんにゅうで少し余裕を取り戻したまのが、先ほど自分が思い出した事をかいつまんで説明しました。

 それを聞いたフクが、

「それで思い出したからと言って、どうなるっほい?」

 そのものズバリ、核心を突きます。

「分からない。でも──」

 まのには珍しく、言い淀みます。そこに女王様が、

「まのが猫の国に帰る日が近い、という事です」

 と、言い切りました。

 まのを含む一同が驚きのあまり、言葉を失いました。それでも女王様は胃に介さず、

「女王として命じます。まのはこの国の恩人。その恩人の新たな旅立ちのため、お別れのお茶会を開きます──ジャック、宜しいですね?」

 いきなり名指しされたジャックは一瞬戸惑いましたが、

「は、はい!」

 特段、異議を挟む事なく返事をしました。

「きっと、時間はそんなにはありませんから、悪いけど急いでちょうだい」

「心得ました!」

 ジャックは元気よく返事すると、一礼して部屋を後にします。早速準備に取り掛かるつもりでしょう。

「ちょっと、ジャック! あなたねぇ!」

 ユキミがジャックの前に立ちはだかり、

「いくら女王様の命令だからと言って、薄情すぎやしない? もっとまののことも考えて──」

「まのの事を一番に考えているのは、他でもない女王様だ。その女王様が帰る日が近いと判断されたのなら、それに従うのが俺の仕事だ」

 思わぬ反論にユキミは驚きました。単純にうるさいとか無視するくらいと思っていたのです。

「だいたい、他人事のように言ってるが、お前たちも当然手伝うんだぞ? 何せ、フロージュ女王陛下の勅命だからな!」

 そう言うとジャックはユキミの手を取り、部屋から連れ出します。

「フク、お前もだぞ! 早く来いよ、先に行ってるからな」

 と言い残し、ユキミを引っ張って先に出ていってしまいました。

 呆然とそれを見送っていたまのに、フクは、

「まあ、いつかはお別れっほいね。ちょっと寂しいけど、来る時が来たって事っほい」

 淡々とまのに告げると、名残もないのか部屋から出て行きました。

 嵐のような、一陣の風のような出来事にまのは事態を飲み込むのに時間がかかってしまいましたが、やっと我に帰ると、

「じょ、女王様! あたし、どうやって帰ればいいとか分からないですよ!」

 と悲鳴に近い声で叫びました。

 しかし女王様はその問いに対しても、

「まの。あなた、ここに来た時の事を覚えていますか」

 と、あくまで冷静です。そんな冷静な問いにまのは、

「……いえ、覚えていません」

 としか言えません。

「そうでしょうね。だから心配しなくても帰れますよ」

 女王様は正反対に、自信たっぷりに言い切ります。

「私、思うんです。あなたと私はどこか似ていると。容姿ではなく、境遇とか精神的なもの、という意味ですけど」

「そうでしょうか?」

 良い気も悪い気もしないけれど、似てるかどうかと言われるとピンと来ない。

「いつか分かる時が来ると思いますよ。私も最初、あなたと似てるなんて思わなかったですし」

 女王様はそう言うとまのを抱きしめ、

「今は不安でしょうけれど、安心なさい。あなたは帰れます。いえ、居るべき場所に戻るのです」

 ──あなたが私にそうしてくれたように。

 その言葉がまのに届いたのかどうかは、まのだけが知っています。

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