猫又娘の大冒険 6

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 フロージュ女王の庭園は石造りと言えば聞こえはいいのですが、溶岩のようなゴツゴツとした赤土色の凹凸のあるレンガが積み重なっていて、四方を仕切っているので 何だか息苦しくなってきます。

 かつては様々な植物が咲いていただろうと思われる花壇も、無残なものでした。萎れた植物はまだマシな方で、ほとんどの草花が枯れ果てて土に還ろうとしていたからです。

 お茶会のために用意されたテーブルや椅子も、どこかが壊れていたり、汚れていたりして、まのはなかなか腰を下ろす気にはなれませんでした。

 テーブルの上に置かれたお菓子も同様、口にして大丈夫だろうか、と言う代物でした。飲み物も──おそらくはお水なのでしょう──濁っており、なるほど、皆が憂鬱な顔をしている訳だわ、とまのは納得したのです。

「これが、お茶会?」

「女王様とあたしらの親睦を深めるための、ねなのさ」

 げんなりした口調でユキミが言います。

「皆、参加したくないけど、お城の近く以外は素晴らしい環境だから、なかなか断れないだっほい」

 苦行僧のような表情でフクが言います。他の皆も同じ気持ちのようでした。

 そんな暗い気持ちを更に暗くさせるような、音の割れたファンファーレが鳴り響き、お付きのウサギのような小人──ウサギのような、というのも、その額には角があったからです──フロージュ女王のおな〜り〜と、女王の来場を知らせます。

 全員が起立し、まばらな拍手を送ります。まのも慌てて起立し、拍手を送ります。

 フロージュ女王は、まのよりも背の高い、痩せた人でした。頭にティアラをいただき、顔色は病人のような青白さです。髪には老女と言う訳ではないのでしょうけど、白髪が目立ちます。黒いドレスに身を包み、黒い扇を手に持っています。もしかしたら煤で黒くなっているかもしれないと思わせるような汚れた黒を連想させました。そんな黒ずくめの女王でしたが、目だけは赤く輝き、異彩を放っていました。

 女王様は皆の拍手に反応を示さず、一段高い玉座を模した席の前に立つと、手振りで皆に座るように命じました。

 どこかで誰かが、痛てと悲鳴を上げました。まのが見てみると、椅子の足が折れたみたいで尻餅をついています。

 女王はそれにも関心を示さず、お付きのウサギ小人に目配せすると、

「これより、お茶会を開催する、皆、たっぷり食べてたっぷり飲み、たっぷり楽しみなさい、とのお言葉だ!」

 げんなりしていた皆の表情が、更にげんなりしていきます。それはそうでしょう、普段はもっといいものを好きなだけ食べているのに、今出されている食べ物、飲み物は、とても普段と同じ物とは言えない物なのですから。

 それでも皆は鼻をつまんで得体の知れない飲み物を飲み、お腹の心配をしなくてはならないような食べ物を食べます。

「全部平らげないと、帰れないなのさ」

 小声でユキミが教えてくれます。まのも観念し、思い切ってクッキーらしきものを口に入れました。

「固い。おせんべいみたい」

 ばりぼり、がりっ。およそクッキーを食べている音ではありません。

「あら?」

 まのはクッキーをまじまじと見ました。崩れた形、真っ黒な焦げたようなクッキー。どう見ても美味しそうではありません。フクやユキミは顔を歪ませながら食べる、と言うより飲み込んでいます。もっとも流し込む水も美味しくないので、むせていましたが。

「これも味がしないけど、小人さん用だからかしら?」

 試しに水らしき液体も飲んでみましたが、やはり味がしません。これなら平らげるだけなら大丈夫と、まのはちょっと安心しました。

「フク、ユキミ。無理そうだったら、あたしにちょうだい。どうやらあたし、平気みたい」

 小声で二人に囁くと、二人は女神を見るような目でまのを見、食べ物をお皿ごとまのの前に差し出しました。

 するとそれを見咎めたのでしょうか、先ほどのウサギ小人が、

「そこの! 何をしている」

 と、大声を張り上げてきたのです。

「ん、フクとユキミと、あと誰だ?」

 角付きウサギ小人は、今ようやくまのに気づいたようです。

「大きい人だ!」

 その一言は大きな波紋となって、お茶会に参加している全員に伝わっていきました。皆がまのに視線を送ります。もちろん、女王様もです。

「本当だ、大きい人だ!」

「女王様のお知り合い?」

「え? すると魔法使い?」

 口々に思ったことを喋っています。さっきまで沈黙に包まれていたお茶会は、ここにきて変わった形で賑やかさの明かりを灯してきました。

「静かに」

 と、静かな声で、初めてフロージュ女王が口を開きました。それだけで皆、静まり返るのですから、女王の威厳は健在と言ったところでしょうか。

「お前」

 女王は手に持った黒い扇子をまの向け、

「どこから来た? 何者だ? この国に私以外、大きな者はいないのだ」

 まのは立ち上がり、スカートの裾をつマンでカーテシーの礼を取り、

「お初にお目にかかります、偉大なるフロージュ女王様。あたくし、猫の国より迷い込んだ、まの、と言います」

 見事な口上で名乗りを上げ、フクとユキミをポカンとさせました。

「うむ。まの、か。そなた、先ほどそこの二人の分まで食そうとしておったな。それほど美味か?」

 まのは迷いました。味を感じられないので、美味しい、不味いが分からないのです。ですから正直に言うことにしました。

「恐れながら女王様。味が全くしませんので、美味かどうか判断しかねます」

 それを聞いたフクやユキミたち、お茶会の参加者は今までになく騒然としました。あの不味いクッキーやケーキ、味がしないだって? とか、紅茶とも言えぬ紅茶を飲めるのか? と様々です。

「女王陛下がご下問の最中だぞ、皆、黙るんだ!」

 お付きウサギが黙らせます。どうやら彼だけは、このお茶会が楽しいようです。

 皆が黙ったのを見計らって、女王は、

「よろしい、お前と連れの二人を城に招待しよう」

 と、おごそかに命じました。フクとユキミはテーブルに突っ伏し、終わったっほいとか、来るんじゃなかったなのさ、とぼやいています。

 まのはそんな二人に微笑を見せて安心させ、

「喜んで」

 と、招待を受けたのでした。

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