遠くで祈るの

Iloha

第1話

「遠くで祈るの」


「凪にいてもらわないとだめだなあ、私」

葵の緑色のリボンをトイレの鏡で直した。

ほら、輪の部分がちょっと小さくなるとかわいいでしょって私は言う。

「前髪とかもっと短くしたほうがいいかなあ、凪のボブもクールでいいけど思いきれない」

「双子とか言われちゃうから長いままでいてよ」

「ニコイチコーデとかも良くない?楽しそう」

葵は笑う。

 

 ニコイチコーデ、なににしようかでしばらく盛り上がる。どっちが何色?ショートパンツだけ同じにして、Tシャツとキャップだけ色違いにしようか、とか沢山の私と葵のコレクションは膨らむ。

「夏遊べるかなあ、受験生辛いよー」と私が言うと

「制服ばっかり着てるこの夏ですなあ」

葵がまた笑う。制服もあと1年足らずで着なくなるなあ、と思ったら少し寂しくなった。

1年生は赤のリボン、2年生は紺色、3年生は緑色のリボン、卒業したら襟元にリボンなんかつけなくなるんだなあってなんかしみじみした。


 春、余裕なんて思ってたら「進路」「進路」ってあっという間に夏。学校の夏期講習もあるし、ひしひしとこの先を考えざるを得ない。

「うーん不安しかないよ、葵はどう?」

「同じく、です」

「しかしながら今ですよ、凪さん」

「なにが今?」

「かき氷に決まってるし。学校裏の海にうってるじゃん、今日食べに行こ。息抜き」

いいよって返事したら始業のチャイムが鳴ったから走った。顔真っ赤にして教室に入って滑り込みセーフか、と思いきや数学の今井先生がじとーっと窓辺で見てた。

前の席の涼太くんが後ろを振り返って、口だけで「ばーか」って言ってニヤッと笑う。

葵の彼氏。私も口元だけでうっせえって返す。


授業が終わると「今日葵借りるよ」って涼太くんに言った。かき氷食べるから。

「俺も行きたい」

「だめ」

葵がきっぱり言うと涼太くんは、えーなんでだよー、俺も食べたいしブルーハワイって口をとがらせた。

「なぜなら涼太くんの悪口を言うから」

って葵が言うと、女同士な訳ね、オッケって返す。


 いちご、レモン、メロン、カルピス。

「ブルーハワイってよく考えたら何味」って私はかき氷を掬って葵に聞く。ウケる、考えたことなかったってふたりで大爆笑しちゃう。

 ハンカチしか持ってないけどいいやあって一緒に裸足になって砂浜を歩く。

「気持ちいい」

思わず同時に叫んじゃう。

波打ち際を一緒に歩く、葵の手を引っ張って、葵が私の手を引っ張って、転ぶかな、転んじゃおうか、言わなくても私たちふたり分かるの。


水平線をテトラポットに登って眺めた。日が暮れるまで、日が暮れても。

話は尽きない。学校、進路、恋愛、ムカつくこと。

「帰りたくないし、なんか時とまんないかなあ」

て葵が言う。

そしたら涼太くん、いないよって言うと

「それ困るな」って葵が言って砂浜までまたふたりで歩いた。

「凪みたいな友達いないと困るよ、行かないで」

葵はそっと私の肩を両手で寄せる。

言葉に出来ないから、私もそっと葵の額に額をくっつける。

 多分、男の子ならこの後そっとキスをするのかな。

私はまだ男の子を好きになったことはないから。

でもこんなかんじかな、人を好きになるって、大切にしたいって、離したくないって。


 日が落ちる前、今日はまる、二人ともまる、頑張ったねって砂浜に棒で丸を二つ描いたら無限のマークになった。

葵の胸元の白いブラウスを見つめてそんなことを考えてた。


 離れ離れになる、近い未来。

私は地元を離れて大学へ行く、モノを造るのが好きだから、そういう大学へ。

葵は約束してるって、専門学校を卒業したら涼太くんと結婚するって。涼太くんはすぐに大工になるんだって。

 

 葵、今でも私思い出すよ。

私、結婚指輪を毎日作ってる、紺色のユニフォームで。葵とはひとつになれない。どんなに仲が良くても。でも誰ともひとつにはなれない。

完璧な輪、それぞれが完璧な輪。寄り添ってやっとエタニティの形になって愛になるの。

離れないで離れないで、私はあなたのことを思い出しては指輪を今日も磨くの。

 私は凪、海は静かに夏に咲く葵の花を見つめてる。

あなたはいつまでも美しく咲いていて。

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