第2話 ひと夏の経験① ー日香里の見た夢?ー
ふと目覚めた
心地良い風と芝生の魔力にいつの間にか寝落ちしたようだ。両脇には
そろそろお腹も空いてきた。食事に行きたいところだが二人を起こすのも可哀想だし、と思案する。
「確か……」
美乃里はカバンをゴソゴソ。大阪ヘルスケアパビリオンでグミを貰ったのを思い出したのだ。
「あった」
口に入れると疲れた身体を癒すように甘酸っぱさが染みわたる。
実は美乃里、グミというものを口にするのはこれが初めて。見た目と触った感じが何だかプラスチック製品のように思えて敬遠していたのだが、美味しい。しかもコラーゲンとGABA配合!
思わず、日香里にも食べさせようと爆睡中の肩に触れた、と、その時一瞬クラッと眩暈に襲われた。
「まさか熱中症?」
不安に駆られて薄く目を閉じる。
「え? 何? どういうこと?」
不思議な事に日香里の見ている夢が見える。戸惑いながらも美乃里は映画でも見るかのように日香里の夢を傍観しはじめた。
時は、どうやら25年後。
大阪ヘルスケアパビリオンで体験した世界が広がっていた。色鮮やかな街の公園で元気な老人たちがダンスや太極拳を楽しんでいる。
日香里は太極拳の師匠のようだが、
「あれ?」
何だかちょっと様子がおかしい。日香里の
『このように私はアンドロイドに記憶を移し生きる事を選びました』
その日香里が太極拳の生徒たちにむかって、衝撃的な事を口走っている。夢の中で日香里はアンドロイドになっていた!
これは、いのちの未来館で見た仮想未来。
でも、日香里はいのちの未来館には行ってないはず。
三人で回れたのは2日間かけて、大阪ヘルスケア、空飛ぶ車、大阪ガス、宴、ブルーオーシャンドーム、オマーン、ブラジル、未来の都市、それだけだった。
暑さと、足の疲れに負けて最後のほうはe Moverバスの一日チケットを買って会場をバスでグルグルしていた。
それなのにどうして日香里はアンドロイドになった夢を見ているのか……。
(あ、そうか万博に来る前にひかちゃんってば分厚い公式ガイドブック買って読んでたわ、確か3000円くらいするやつ)
美乃里はそう思い当たった。
夢の中の日香里は太極拳の教室? を終えて帰路に着く。小町と、なんと美乃里が合流して三人で談笑しながら歩き出した。
『ひかちゃんがアンドロイドの道を選ぶとはね』
小町が笑いながら言っている。
『そういうこまっちゃんはどうするつもり? まだまだ先だろうけど少しは考えてる?』
これは美乃里。日香里の夢の中の美乃里だ。
『そうねえ。私は娘や孫たちの様子次第かなぁ? 私自身は死んじゃうわけで、つまりはアンドロイドの選択って残った人たちの為でしょう?』
『まあ、そういう事になるわね』
『みーさんは? どうするの?』
『私は、娘も孫もそりゃ少しは寂しい思いさせるかもだけど、でも、別にいいかな? いなくなっても。だから自然に任せるつもり』
日香里の夢の中の美乃里はそんなことを言う。妙な気分だ。
『ひかちゃんがアンドロイドを選んだのは、私達のためかもね』
小町がアンドロイド日香里の目を覗き込みながら悪戯っぽく言う。
『うん。私たちが寂しい思いするだろうって考えたのかもね』
『あら、違うわよ』
アンドロイド日香里が口を開く。けれど、アンドロイドの脳はAIだ。日香里の生前の記憶をもとに計算した言葉を喋る。
しかし、だ。これは日香里の夢。だからこの日香里は生身、とややこしい。
『違うの?』
と、小町。
『そうよ。生前の私は煩悩まみれで生きてくことに決めてたの』
『あらま、それはまた過激ねぇ、どうして?』
夢の中の美乃里が笑いながら問いかける。
『ほら25年前、みんなで万博行ったじゃない? そこにnull²ってパビリオンがあったの覚えてる? null。あれはIT用語で何もないって意味なんだってね。あと仏教の空も意識したとか……。個々の記号を手放してけいさんきしぜんで意識の集合体になろう、みたいな感じの物語だったけど。あの時、思ったの私。私は手放さない、ありったけの記号を引きずって煩悩まみれで生きてやるって』
『うわあ。やだ。ひかちゃんが難しいこと言い出した』
小町が驚きの表情で日香里を見ている。
そしてアンドロイド日香里は目を妖しく光らせながら続けるのだ。
『だから私は、ただ死にたくなかっただけ。アンドロイドになってでも生き続けることにしたのよ』
『……やだ。これ、ひかちゃんじゃない……』
日香里を見つめる小町の目が驚きから涙目に変わっていく。
『そうよ。私は日香里じゃない。日香里とは別の自我を持った新しい命』
『AIは生き物じゃないし、自我は持たないのよ』
夢の中の美乃里も慄きながら言い放つ。
なんだか凄い展開だ、と覗き見る美乃里はちょっとドキドキしている。
『あら? 日本には付喪神ってのがあるじゃない? モノに魂が宿ってアンドロイドに宿らない訳ないじゃない。むしろ真っ先に宿るんじゃないかしら?』
そう言いながらアンドロイド日香里の目はますます妖しく輝くのだった。
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