三姉妹、万博へ行く
ゆかり
第1話 万博会場でお昼寝
「異世界だねぇ」
「ほんと。ここだけ別世界だわ」
長女の
「万博会場にこんなのんびりできる場所があったとは」
次女の
万博一日目の昼下がり、さやさやと心地良い風に吹かれて三人は芝生に寝転がっていた。
天気は上々。
歩き回った疲れが地面に吸い込まれて行くようだ。
今朝は七時半から東ゲート前に並び、九時の開場を待った。五月半ばとはいえ、朝からけっこう暑かった。
まわりの人たちは折り畳み椅子や日傘、扇子など持参。比べて三姉妹は極力荷物を減らしたせいで地面に敷くシートすら無かった。仕方がないので直座りだ。
「ねえ、ねえ、あの椅子凄くない?」
日香里が小声で言いながら前方の椅子を指差した。
「あら、ほんと。あれ畳んだらクリアファイルみたいにペタンコになるんじゃない?」
美乃里も感嘆の声を上げる。
「っていうか、カバンにもなるのかも。持ち手みたいなのもあるし」
小町も遠慮なく観察を始める。
「どこかに売ってるのかしら? もしかしてお手製?」
日香里が言うと
「ひかちゃん、聞いてみなよ」
小町が煽る。
「そうね」
日香里が聞きに行くべく、よっこらせと立ち上がると、そのタイミングで移動がはじまり聞きそびれた。
開場時間にはまだ早い。人が多いから早めに入れてくれるのだろうかと三姉妹は大いに期待したのだが、甘かった。ゲート前のエリアに移動させられただけだった。
「ごめんなさい。日傘、少し上にあげてもらえませんか?」
移動中、小町が見知らぬ人に声を掛けた。
日香里と美乃里が驚いて小町のほうを見ると、日傘を肩にかけて斜めに差していた女性が慌てて傘を閉じている。
「すみません」
うわーっ。他人のふり、他人のふり、そう思っている美乃里と日香里に小町が寄って来て言った。
「この人混みで傘のナナメ差しは危ないわ。後ろの人の目を突きそうになってたのよ。何かあったらあの人も嫌な思いするでしょ?」
そう、小町は正しい。美乃里も日香里も他人のふりをしようとした身ながら思うのだ。
(こういう人も世の中には必要だ)と。
九時きっかり。
いよいよ荷物検査が始まり列が動き出す。
十時から「大阪ヘルスケアパビリオン」の予約が取れていたから、三人は慌てない。会場に入ってからも東ゲートゾーンでのんびりする。
トイレに行ったり、飲み物を調達したり。
美乃里は涼しい大屋根リングの下で「当日予約」の確保に余念がない。
七日前抽選予約で落選し、一日前先着予約でも取り損ねた「大阪ガスパビリオン」をどうしても確保したかったのだ。なぜなら三人の見たいパビリオンの中で唯一、意見が一致したのがここだったから。
九時に入場した甲斐あって、当日予約はあっさり取れた。これで、午前中は「関西ヘルスケア」、それからのんびり西ゲートエリアに向かいながらどこかで昼食。午後からは「大阪ガスパビリオン」、その後は気ままに空いてそうなパビリオンをめぐりながら晩御飯。
(そういえば、ひかちゃん、「宴」行きたいって言ってたな、そこならガスパビリオンの近くだから丁度いいかも)
美乃里の頭の中でそんなスケジュールが出来上がった。
しかし、想定外のことが起きた。
いや、容易に想定出来たはずのことなのに見て見ぬふりをしていたのだ。三人は還暦の日香里を筆頭に、決して若くはないという事を。
ガスパビリオンのあと、歩き回っているうちに三人の疲れが限界に達した。五月の晴天の暑さもじわじわと応えていた。
「どこかで休もう」
「うん。このままじゃ行き倒れになるよ」
「椅子……。水……」
そんな三人なのに、どこからともなく漂う美味しそうな匂いにつられ、ふらふらとキッチンカーの並ぶエリアに引き寄せられてゆく。
「かき氷!」
「ホットドック!」
「ああっ! クレープもある!」
けれど、どれも並ばなければいけない。
そこに体力を費やすほどには空腹でもない。もう十歳若ければ……などと思いながら諦めて、座れる場所を探す三人。
近くに椅子は沢山あったけれど、食事もしないのに座るのは気が引けた。
そんな時だ。三人の耳に何やら賑やかな音楽が飛び込んできた。
続いて司会者の声。
「ちょっとね、ちょっと機材の調子がダメな感じです。え? あ、直る? 簡単に?
一年ほどあれば? ああ、じゃあその間、僕のトークで……」
少したどたどしい日本語だけど内容はこなれている。
「音楽イベント?」
と小町。
「そうみたい」
と日香里。
若い人向けなんだろうな、と思いながらも司会者の話っぷりが面白いので、三人は知らず知らずに足を向ける。
チラッと覗いた会場は、広ーい円形の芝生。その前方にステージ。海外のアーティストだろうか、あまり見た事のない人達が大きなスクリーンに映っている。ステージの様子を映しているようだ。
「え? もう直ったの? 一年かかるって言ってたのにぃ?」
さっきの司会者の声に続いて、演奏が始まる。
こっそり覗いていた三姉妹に、入り口に立っていた二人の男性が近づいて来た。
「無料です。予約も要りません。良かったら見て行って下さい」
てっきり、何かしら注意されると思っていた三人は顔を見合わせてテレパシーを発動、無言の会議の結果、全員一致で中に入ることにした。
音楽も素敵だったが、芝生も抗いがたいオーラを放っていた。
歌や演奏を目当てにして来た人達はステージ前に座っていたし、そこまでの思い入れはないけれど、素敵な音楽だなぁと感じて音のある時間をのんびり楽しみたい人たちは芝生でくつろいでいた。
座っている人、寝転んでいる人、靴まで脱いでいる人……、日香里だ。
「ここ、EXPO アリーナMatsuri っていう場所みたい。海が近いからかしら? 良い風も吹いてて最高じゃない?」
印刷してきた会場MAPを見ながら美乃里が言うと、小町もMAPを覗き込む。
「ああ、ほら、このへん風の広場って書いてある。心地良い風に柔らかい芝生。生き返るわぁ」
そう言って小町も芝生に寝転がる。
芝生は競輪場のような(もっと緩やかだが)傾斜があって、寝転がるのにも最適なのだ。
まさかの万博会場で、三人はここ最近で最も良質なお昼寝を体験した。
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