【短編】僕と俺の交換日記

お茶の間ぽんこ

僕と俺の交換日記


 ベルの合図で一斉に楽しげな声がざわつく休み時間。僕は群れることなく、本と対峙する。窓の外から見える運動場では、一足早く授業を終えた生徒たちがドッジボールをしていた。


「何読んでるの~?」


 急に話しかけられたものだからビクッとしてしまう。声をかけてきたのは真由美ちゃんだ。


 大きな目をパチパチさせて、本の表紙をまじまじと見つめてくる。


「え…と、これはね。星新一のショートショートで…」


 僕がタイトルを言い切る前に「まゆみー! ほら早くきてー」と女子が呼んだ。


「あ、ごめんね! また今度教えてね!」


 真由美ちゃんは僕のもとからサッと離れていった。


 これが本日のハイライトだ。





 僕は寝る前にいつも日記をつけている。もちろん誰にも見せていない。


 日記に記したのはこうだ。


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6月12日(水) 

休み時間に真由美ちゃんが本のタイトルを聞いてきた。

僕は答えようとしたけど真由美ちゃんは途中でどこかに行ってしまった。

ちなみに本のタイトルは「午後の恐竜」だ。

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 文字にしてみると、さらにやるせなさを感じた。


 このまま真由美ちゃんに想いを伝えられないのか。でも、友達のいない内気な僕なんて相手にされないだろう。


 真由美ちゃんは近所に住んでいて、小学校に入る前から仲良くしていた。家族ぐるみで付き合いがあり、よくどちらかの家に行って一緒に食事をしたものだ。あのときはいっぱい話すことができたし、楽しかった。


 だけれど、小学校に入ってからは学年が上がるごとに、真由美ちゃんと僕との関係が薄くなりつつあった。真由美ちゃんは勉強も運動もできて、それでいてクラスでは人気者だ。それに比べて、僕は運動もできないし、友達もいないし、人見知りだし、クラスでは日陰者みたいな存在だ。友達がいなくて本を読んでいるおかげか、成績はそれなりに良いのだけれど、取り柄といったらそれくらいだろう。


 僕は真由美ちゃんのことが好きだ。小さい頃からの付き合いもあるし、僕をいつも気にかけてくれているし、それになんといっても可愛い。でも僕なんかどうせ、真由美ちゃんにとってはただの「幼なじみ」以外の何ものでもないだろう。


 改めて日記に書いた三行を読み返す。我ながらこれしか書くことがなくて悲しい。

本の感想でも追記しようかと思ったそのとき、僕が書いた三行の下に、「勝手に」文章が書きこまれていった。


―――――――――――――――

6月12日(水)

休み時間に真由美に声をかけられた

俺は聞こえないふりをして友達とドッジボールしに行った

なんだかモヤモヤする

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「!?」


 僕は目をこすった。夜だから疲れているのだろうか。でも紛れもなくはっきり書き記されている。しかも何となく「僕と同じ筆跡」のように見えた。だけれど、僕はこんなこと書いていないし、ドッジボールで遊んでいない。


 これは幽霊のしわざなのか。かなり怖かったけど、その書き手の正体が知りたくなった。


 僕は筆談ができるのではないかと思って文章の下にこう記した。


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君はだれ?

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 そうするとすぐに下に書き込まれる。


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お前こそだれだ?

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 僕は謎の存在とやり取りすることにした。


―――――――――――――――

僕は久保優太だよ。


ウソをつくな 俺も久保優太だ


本当だよ。高沢市住まいで大鳥小学校の五年生。お父さんの名前は久保秀樹。


全部俺と同じだぞ どういうことだ

―――――――――――――――


 書き手は僕とほとんど同じ人物だった。やり取りを進めていくと僕の愛犬は「ペタ」だけど、あっちの愛犬は「ポタ」だったり多少の違いはあるけれど、基本的な情報は全て同じだった。


 どうやら、同じ存在ではあるけれど、住んでいる世界が異なるみたいだ。テレビの特集で見た「パラレルワールド」というやつらしい。つまり、僕は、もう一人の「俺」(僕)と交換日記のようなことをしているようだ。


 性格や得意分野は違うらしい。僕は内気で友達がいないけれど、「俺」は文章を見て分かる通り強気で友達もいっぱいいるらしい。僕は勉強ができて運動はできないけれど、「俺」は勉強についてはダメダメみたいだがスポーツは万能だそうだ。なんだか「俺」の強気な性格が羨ましく思えた。


 「俺」の話を聞いているうちに、あることが気になった。


―――――――――――――――

僕:真由美ちゃんのこと、どう思っているの?

俺:まあ、まあまあだな

僕:それって好きなの? 僕は好きだけれど。

俺:よく言えるな 俺はまあ、嫌いじゃないぜ

僕:真由美ちゃんに告ればいいのに。

俺:ばか! どうして俺がそんなことしなきゃいけないんだ

僕:君なら絶対いけるよ。

俺:お前だって告ってないだろう!! とやかく言われる筋合いはねぇ

僕:僕は君ではないし、君は僕ではないから話は別だよ。

俺:難しい話をすんな!

―――――――――――――――


 「俺」は話をウヤムヤにした。どうやら素直な奴じゃないらしい。


―――――――――――――――

俺:お前は何で告らないんだ

僕:僕みたいな友達が少ないやつ、真由美ちゃんは何とも思ってないよ。

俺:なんか陰気だな 自信をつけろ

僕:自信ってどうやってつけるの?

俺:そんなん知らん できないことをできるようになれば良いんじゃね なんで俺が告白すれば成功すると思うんだ?

僕:友達が多いし、スポーツもできるし。

俺:じゃあそれを何とかすればいいだろう お前が足りないのはちょっぴり踏み出す勇気だ

僕:じゃあ君は素直さだね。

俺:なんか腹立つな

―――――――――――――――


 僕と「俺」はいつの間にか奇妙な体験を受け入れつつ、親友みたいに恋バナに精を出した。僕がウトウトし始めたころ、「俺」からの書き込みは途切れてその日の交換日記が終わった。





 翌日、僕は「俺」が言ったことを早速実践してみようと思った。「俺」がウソを書いていないのであれば、僕もまた「俺」なのだから大きな失敗はないだろうと考えた。


 休み時間、クラスの中心人物の佐伯くんが「ドッジボールする人~!」と声をあげた。彼の近くにいつものメンバーが集まり出す。


 僕は意を決して佐伯くんに近づいた。大丈夫、「俺」でもいけるのだから。


「あ…あの、僕も…加わっても良いかな?」


 僕が声をかけた途端、佐伯くんの周りがシーンとする。


 やってしまったか、僕はそんな簡単に変われないことを実感する。


 しかし、思いもかけない答えが返ってきた。


「いいぜ! 人数増えた方が楽しいもんな」


 佐伯くんは僕の肩をドシッと叩いた。佐伯くんの周りの子たちも「久保行こうぜ!」と快く受け入れてくれた。


 なんだ、「俺」が言うように簡単なことだったのだ。僕に足りなかったのはちょっぴり踏み出す勇気だった。


 僕は少し緊張しながら、佐伯くん達の後をついていった。





 今日は日記にこう記した。


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6月13日(木)

初めてドッジボールに自分から声をかけて参加した。

断られるか心配で心臓がバクバクだったけど優しく受け入れてくれた。

ドッジボールでの僕の動きは散々だった。

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 すると「俺」から書き込みがあった。


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俺:ほら、いけただろ

僕:ドッジボールは全然うまくいかなかったけどね。

俺:やってりゃ慣れるさ お前は俺なんだから

僕:君の方は真由美ちゃんとどうなのさ。

俺:俺は真由美のことなんてどうとも思ってない

僕:変わってないみたいだね。

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 「俺」からの書き込みがしばらく止まる。そして乱雑に書き込まれた。


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俺:ああそうだよ 好きだけど何にもなしさ! 目が合ってもこっちからそらしちまう

僕:どうして? 目が合うって嬉しくない?

俺:お前・・・そういうとこは積極的だな なんか恥ずかしくてダメなんだ

僕:そんなこと言ってたら誰かに取られちゃうよ。

俺:それはお前もな!

―――――――――――――――




 僕たちはその次の日も、また次の日も、交換日記を楽しんだ。僕は「俺」とのやり取りが楽しくて、どうでもいいことまで書き記すようになった。こっちの世界とあっちの世界では少し違いがあって面白かった。今日の晩御飯がビーフシチューだったときは、あっちでは肉じゃが。近所にコンビニができたときは、あっちではスーパー。山田くんが授業中にうんこをもらしたときは、あっちでは山田くんがおしっこを漏らしていた。僕は「俺」と接しているうちに、友達が増えたり、真由美ちゃんとの関係性も良い方向に進んでいるような気がして、全て上手くいっていた。毎日が楽しかった。



 ある日のこと、僕はいつものように下校し家路に向かった。家の前には真由美ちゃんが立っていた。少し深刻そうな顔をしていた。僕は一瞬今から告白をされるのではないかと淡い期待を抱いた。だが、真由美ちゃんが発した言葉は違った。


「来月、転校するんだ」


 僕の楽しかった日々は崩れたような気がした。




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僕:真由美ちゃん・・・来月転校するって。

俺:そうか。

僕:もっと早くに想いを伝えれば良かった、僕にもっと自信があれば。

僕:ぼくなんてやっぱりダメだ。

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「俺」からの書き込みが止まる。そしてゆっくりと、書き綴られる。


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俺:今からでも遅くないんじゃないか? 想いを伝えろよ。

僕:転校しちゃうんだよ。意味ないよ。

俺:離れ離れになっても好きって気持ちは変わんないんだろう。お前は結局、一歩踏み出す勇気が足りないんだ。断られてもやるだけやれよ。

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 「俺」によって書かれる文章は、いつもより冷静さを感じ、また少し重さを感じた。

 少し時間を置いて、こう記された。


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俺:俺の方はさ。明日、佐藤が真由美に告るんだってよ。

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 今度は僕の方の筆が止まった。佐藤とは、僕の世界では同じクラスのイケメンな男子だ。僕と「俺」の世界は過程が違えど、なんとなくリンクしているみたいだ。

 僕はどう返せばいいか分からなかったが、「俺」は気にせずに書き込んでいく。


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俺:だからさ。お前の言う通り、俺は素直になることにした。

俺:俺は明日真由美に告るよ。

俺:こうやってお前とやり取りしているうちに、改めて自分の心と向き合えた気がするんだ。

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 そうして「俺」からの書き込みが止まった。「俺」は僕に相談する前に、確固たる覚悟を決めたのだ。僕はもう一人の自分、いや歩んだかもしれない道の先にいる自分に感化された。


 「俺」のように、覚悟を決めることにした。


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僕:僕も、伝えるよ。

俺:お前は俺なんだ。大丈夫さ。

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 最後に、「俺」が力強く書き込んだ。


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俺:お互い、上手くいくといいな。

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 翌日、放課後に僕は真由美ちゃんを校庭裏に呼び出した。


 僕のもとに現れた真由美ちゃんの頬はなんとなく赤くなっているように見えた。


 でも、僕の方が真っ赤なリンゴみたいに頬を赤くさせていただろう。


 心臓がはち切れそうにバクバクしている。だけど、もう後戻りすることは考えていない。


 長い髪の毛をかきあげて少し視線を下に落としている姿が可愛く映った。


「ど、どうしたの? 話って」


 真由美ちゃんは沈黙がもどかしくてもじもじしながら言った。彼女も気づいているのだろう。


 いつもの真由美ちゃんより女の子らしくて、より自分の気持ちが彼女に向いていることを実感した。


「えっとね…」


 僕は、意を決して真由美ちゃんに想いを告げた。





 その後のことはすごく緊張していて、真由美ちゃんの答えだけしか覚えていない。


 きっと告白のセリフなんてしどろもどろになっていたことだろう。


 だけど、僕は「俺」と比べて足りなかったものを手に入れたと思う。


 家に帰って、僕は日記を見返した。


 なんとなく、もう昨日で「俺」との交換日記は終わりのような気がした。


 それでも、僕は日記へ「俺」に対してこう書き記す。


 「上手くいった」と。

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