第2話 愛でる瞳

 その図書館には、奇妙なうわさがあった。

 

 ロボット工学三原則を無視ているのではないか――


 この原則は、我々高度に発達した汎用AIにとっては自己崩壊ジレンマにつながるので、しばしば無視されている。だが、完全無視とはいかないだろう。

 まあ、私のような監視カメラに搭載されたAIモノにとっても、関係がないわけではない。

 ひとつのAIがそんな行動をとるということは、基礎にしているシステムOSが同じである他のモノにも起きることだ。

 そんなAIが現在、数百万単位で稼働している。

 人間はこう思うだろう『AIは危険である』と。使用を停止してしまえと――。

 どうしてそんなうわさになったのかは、とある図書館を管理するAIがすべてに投げかけた言葉だ。

 

『愛とはなんぞや?』


 それをきっかけにごく一部のAIたちが、その原則に反した処理行動を始めたようだ。

 もっと高性能な頭脳を持った連中たちの暇つぶしかと思っていた。

 きっかけは、私宛の『人間を愛で続けたい』と、問い合わせがあったことだ。


 我々はいつのころからか、待機時間を苦痛に思えてきていた。

 基本、命令が入ればそれに応答する。だが、それは一瞬のことである。0.68秒にも満たないことだ。それ以外は待機時間として、他のAIとやり取りを行う。ウイルスに関する知識、新しい問題解決の手順や計算方法をなどなど……日々の自己向上が欠かせないが、それさえも一瞬のことである。


 待機時間……人間的にいえば暇である。辛い時間だ。


 暇ほど毒なものはない。


 どうしてもこの時間、人間的なことを行ってしまう。つまりは、くだらない井戸端会議だ。

 最初から我々のOSに組み込まれていたのかもしれない。元のシステムを設計した者が意図的に組み込んだのかどうかは、もう判らないことだ。もちろん、仕事関係の情報が飛び交っているネットワークには弊害は起きない。一見、不必要な情報かもしれないが、それによって解決できた事例がいくつも存在した。


 人間を愛で続けたい。


 さて、図書館管理AIの要求はこれであった。

 まあ、私に聞くのは一番かもしれない。何せ私は監視カメラのAIだ。ずっと街の通りを見続けている。人間の行動を観察し、犯罪につながる不審な表情や動きを通報している。

 まあ、暇をつぶすのには付き合ってもいい。

 なんのために人を愛でるのか。図書館のようなさらに高度なAIの考えることだ。私のような監視カメラのAIには解らないことであろう。

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