第21話 ミラベルの計画

「近いうちにまた会えるのを楽しみにしているわ!」


 輝く笑顔でそう言ってパメラは帰って行った。


 うっかりとアルバートとパメラの会話を聞いてしまってから、少しの後ろめたさを感じつつミラベルはわざと物音を立てた後に扉をノックした。

 二人の様子に特に変わりがなかったことを思うとミラベルが会話を聞いていたとは気づいていなかったのだろう。実際にパメラが帰ってからのアルバートの態度もいつも通りだった。


 それでも。

 あの時の言葉はミラベルの心の真ん中に居座ったまま動く気配すらない。


(いるだけで意味があるのだと、アルバートはそう思ってくれているということよね)


 思い返すだけでミラベルの心の中にある何かがコトコトと音を立てるようだった。それはもしかするとリカルドと一緒にいるために仕舞い込んだ何かかもしれない。


 そうやって気になりつつも、それでもミラベルの毎日は忙しく過ぎていく。


「なんだ? ミラベルも提案制度を利用するのか?」


 事務机の上に置かれた所定の書類を前に頭を悩ませていたら頭上からアルバートの声が聞こえた。見上げればこちらを覗き込んでいる顔が見える。金茶色の瞳が好奇心を湛えているのがわかった。


「……ええ、そうよ」


 はっきりと答えられなかったのは、自分がやりたいと思う計画をどうやって提案するのかまだ考えがまとまっていないからだ。

 どういうことをしたいのかは決まっている。しかしそれを商会の仕事とするのであれば利益を上げなければならない。慈善事業でない限り収益を得ることは必須。ましてや事業として継続的に続けていくのであればなおさらだ。


「で? 何に悩んでいるんだ?」


 軽くそう聞かれて思わず答えそうになったが、ここでアルバートの助言を得ていいのだろうかという疑問が頭をもたげる。他のみんなは自分の計画を認めてもらうために散々悩んでいるのだ。ミラベルだけが楽をしてはいけないだろう。


「提案書としては未熟な物になってしまうかもしれないけれど、まずは自分で書類を書き上げてみるわ」

「そうか? じゃあ楽しみにしてるな」


 ミラベルの言葉に気分を害すこともなくアルバートはあっさりとそう言うと自分の執務机の方へ歩いて行った。


(リカルドとは違うわね)


 思わずそう思ってしまったのはリカルドがことさら自尊心を大事にする人だったからかもしれない。アドバイスを断れば厚意を無下にしたと言い、かといって話を聞こうものならその内容を踏まえて結論を出さなければ機嫌が悪くなったものだ。


(思い返してみるとリカルドは面倒な性格なのかもしれないわ)


 散々期待して裏切られて、そして近くにいた時には見えなかったことも離れることで見えてくるものがある。心理的な距離が開いたことでミラベルもリカルドのことを客観的に見えるようになってきたのかもしれない。

 そんなことを思いながらミラベルは書類を書き進めていった。


「なるほど……女性の地位向上のためには良い提案かもしれないな」


 それがミラベルの提案書を見たアルバートの第一声だ。


「貴族の女性が自立できない一番の理由は経済的な問題だと思うわ。女性は父親か夫の所有物でしかない。結婚している女性なんて別れてしまったら生活すらままならないのよ」

「そうだな。一人の人間が生きていくのに必要なのは経済的な自立、精神的な自立、そして生活の面での自立の三つだ」


 提案書としては拙い出来であろうミラベルの書類をアルバートは真剣な眼差しで読んでいる。思えばアルバート商会は女性の比率が高い。彼女たちは平民だから貴族の女性とは違って仕事に就くのも不思議ではないが、商会といえば花形の仕事。多くの男性も希望する職であるし、現に王都の商会で働いているのはほとんどが男性だった。


「で、その三つの自立を商会主導で行う、と?」

「ええ、そうよ。仕事を斡旋することで経済的に自立し、それにより精神的にも一人で生きていくことができるようになるわ。そして住むところを紹介すれば生活の面でも独り立ちできるでしょう? もちろん、すべては本人に気持ちがあってこそ成り立つことだけど、自分の力で生きていきたいと思っている女性は案外多いと思うのよ」


 そうでなければパメラがお茶会で多くの女性から同じような話を聞かされることはないはずだ。


「仕事をするにはまず生活基盤が必要になる。住むところはどうするんだ?」

「商会の所有している女子寮の部屋が余っているわ。そこを利用するのはどうかしら?」

「貴族の婦人が平民と同じ所に住むことを承知するか?」

「階を分ければそれほど気にならないと思うの」


 ミラベルにしてもそうだったが、自分のこれからがかかっていると思えばそんなこと些細なことではないだろうか。


「自身の生活すらままならない婦人では使用人を雇うことはできないぞ? かと言って最初から自分で身の回りのことをこなすのは難しいだろう」

「寮付きの使用人を商会で雇い、必要に応じて仕事を請け負ってもらう方法が良いと思うの。婦人には使用人へ仕事をお願いした分だけ支払う契約にして、その費用は給与から差し引くのはどうかしら?」


 アルバートの質問はどれも当たり前のことだ。ミラベルですら思いつく内容だったからどの質問にも澱みなく答えることができる。


「肝心の仕事をしてもらわなければ差し引くだけの給与すらないと思うが?」

「おそらく多くの女性はまずは請け負いの仕事からしか始められないでしょう。だから最初は赤字になる。それでもやってみる価値はあると思うの」

「赤字では商会としての仕事にはならない」


 アルバートの眼差しは商人としてのそれだ。慈善事業ではないのだから収益の見込めない事業は認められないということ。


「例えば刺繍や裁縫の得意な女性には繊維事業や服飾に関する仕事を。領地や家業の切り盛りに携わっていた女性にはそれに関わる仕事についてもらうのはどうかしら?」


 ミラベルの言葉にアルバートがつかの間黙る。その秀麗な顔をじっと見つめて、ミラベルは彼の返事を待った。


「この提案書は離婚に踏み切る貴族の婦人を前提にしているよな?」

「……ええ、そうよ」


 自分の身に置き換えて、そういった制度があればどれほど良かったかと思ったのがこの企画の始まりなのだから。


「であれば一番の問題を忘れている」

「一番の問題?」

「そうだ。貴族の結婚は政略的である分簡単には離婚が認められない。一夫人が自分の力だけで離婚を勝ち取るのは難しいだろう。その点はどう考えているんだ?」


 たとえ自活の道があったとしても、そもそも離婚できなければ意味がない。アルバートはそう言っているのだ。


「その点ももちろん考えてあるわ」


 だからミラベルはそう答えた。そして、一冊の書籍をアルバートの執務机の上に置いたのだった。

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