第に話

 次男の次に見たのは母親だった。

 その頃、長男は結婚寸前の為に忙しく、長女は同じ時期に出来婚で忙しくしていた。

 初めに見た次男曰く、階段を上る音は毎日聞こえ、おそらく長女の部屋まで歩いていったはずと曖昧に言う。最後まで歩いて行った気配がしたと思った瞬間、しばらくおいて再度とたとたと階段を上る音が聞こえてくる。

 長男も長女も何も言わないし、兄弟仲では自分がワーストである事も含めて次男は誰にも言わなかった。言わなかった事でパンデミックになるのだが。

 しかし、この子にこの親あり、母親もまた気のせいだと思い込んで家族と情報を共有しなかったのだ。

 母親が、幽霊――仮に彼女としよう――を見たのはキッチンに立っていた時の事。

 ぞくり、と悪寒が走り、後ろに誰か居る様な気がしたと言う。

 その頃のキッチンと言えばステンレス製で映るものは歪み銀色の板に映り込む、その時も真後ろを照り返し映し出していた。

 台所に立っていた母親の後ろには食事の為のテーブル、居間に続く引き戸、居間、その先に太陽が燦々と降り注ぐ縁側。キッチンの輝きは、基本この太陽の光であった。

 だからこそ、背筋が凍ると同時に照り返していた光が曇ったのを見てしまう。

 白い何かが、ぐにゃりと曲がり人型と気づいたのは、その白の上に黒があったからだ。

 あるはずもない、映り込むはずのない黒がステンレスに映し出される。

(ひとがいる)

 そう感づいた、と母親は言う。

 恐ろしくて振り向けず、その影がゆらゆらと動き、台所を出るまで母親は食事を作る手を止めてしまった、と。

 これが一回だけならよかったのだが、数度、しかも一日に何回も母親は感じ後ろを振り向けなかった。

 ある時、これが彼女を見た瞬間だ。

 気づかず、感じず、母親はくるりと振り返る。

 彼女は居た。台所と居間を繋ぐ境目に、ゆらりと階段へ向かう姿を見た。

 丁度、階段へ向かう為に台所を出ようとする瞬間だった。白の細腕、靡く黒髪、ふわりとスカートが舞い上がる。横顔は見えなかった。

 腰を抜かしたいけれども、それより在り得ないものを見てしまった事で動けずにいたという。

 はっきりと彼女を見た母親は、この時点で家長である夫に話すべきだった。

 それっきり彼女が居る感覚は分かっても母親は振り向くことをせず、気配がなくなるま で待つ、恐る恐る振り向く、と、まあ、気苦労の絶えない生活を続ける事になる。

 そして、また次の目撃者が出てきたのだ。

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