第三章 段ボールの工場
「おとうちゃん、これ、つくろ!」
ことねが、積み上げた段ボールを指さして言った。
保育園から帰ってきてすぐ、キッチンに通園バッグを放り出し、部屋の片隅に置いていた資源ゴミの山にまっしぐら。
ひかりはその横で、おもちゃのバナナをもぐもぐしている。
「なに作るの?」
「こうじょう!」
「工場?」
「うん、くるまの! このまえ、しゃちょうのおうちでみたやつ!」
“しゃちょうのおうち”とは、朋子の父——ことねの祖父のことだ。
地元の電力会社の関連会社で社長を務めている。
その庭に置いてあったガレージ風の倉庫を見て、ことねはそれを“工場”と呼んでいた。
「このだんぼーる、はこになってるから、ベルトコンベアみたいにするの。くるまが、うごくの」
「なるほど。それで、ここが組立工程で…」
悠真は、ふと体が勝手に動いていることに気づいた。
段ボールを開き、裏面をライン状に敷いて、空き箱を“搬送箱”に見立てる。
牛乳パックの端材をつなげて、仕分けゲートもつけた。
ガムテープで固定しながら、自然と手が“合理的な位置”を探して動いていく。
「あっ、いまの、なんか、ほんものっぽい!」
ことねが目を輝かせる。
“ライン構築”。
それは悠真の、かつての仕事の本質だった。
作業性、段取り、作業者の動線、そして安全。
現場の誰よりも先に、未来を仮想し、動かす。
その一連の作業を、娘と一緒に、段ボールでやっている。
なんだそれは。だけど、どこか懐かしい。
「ことねロボット、ここでくるまをつくります! おとうちゃんは、ベルトやくね!」
悠真は笑いながら、ベルトコンベア役に徹した。
段ボールのラインの上を、紙で作った車がカタカタと進んでいく。
家の中にあるのは、部品でも作業者でもなくて、笑い声と遊び心。
けれど、この空間のどこかに、自分がかつて追いかけていた“ラインの理想形”があった。
「よーし、いっぱいできたね」
日が暮れかけた頃、朋子が買い物袋を提げて帰ってきた。
玄関から、段ボール工場を見て吹き出す。
「なにこれ、すご。まるで、会社のラインじゃん」
「ことねの企画力と、うちの技術力の結晶です」
「おとうちゃん、こうじょう、できた!」
ことねが胸を張る。
その表情に、どこか悠真が昔、現場の立ち上げで見た後輩たちの顔が重なった。
ものをつくる。
誰かと一緒に。
それは、どこか懐かしくて、そして確かに今、ここにある感覚だった。
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