第3話
「……正直、思ったより疲れたな……」
帰りの車内で、叔父さんがぼそっと言った。
珍しく、テンションが低い。たぶん、焚き火で焦がしたズボンと、寝袋に侵入してきた“何か”のせいだ。
「だからさ、ミオ。帰る前にちょっと、癒されようと思ってさ」
「……癒されるって?」
「温泉旅館!」
助手席のわたしは、すかさず顔をしかめた。
「叔父さん……旅館って、どんなとこ?」
「創業200年! 歴史ある佇まい! 口コミでは“雰囲気がある”って絶賛されてたぞ!」
(“雰囲気がある”は、怪異的に言えば“霊圧が高い”ってことだから……!)
げんなりする私とご機嫌に鼻唄を歌う叔父さんを乗せた車は、山道を登りはじめた。
そして到着した旅館は──まさに“雰囲気”の塊だった。
木造ニ階建て。瓦屋根は所々苔むして、風鈴の骨が軒先で揺れている。
玄関を入った瞬間、空気がぐぐっと重くなる。
重くなった空気が今度は軽くなり、それを繰り返す。まるで、建物そのものが生き物のように感じられた。
(やっぱり……この旅館、半分妖怪になってる)
叔父さんは、「うわ〜最高に趣あるな〜!」と大喜びだけど。
出迎えた女将さんは、物腰柔らかで笑顔の美しい人だった。
でも、わたしには見えてしまう。
首の周りに蛇のようなものが絡みついているのを。
「お部屋はご用意しておりますので、どうぞおくつろぎくださいませぇ。ふふ、ウチは温泉掛け流しなんでねぇ。お湯もご好評頂いてましてねぇ」
(その“ふふ”が不安しかない)
部屋に入ると、古い空気の層が何重にも重なっていた。
天井からの“圧”、床下からの“音”、壁に染みついた“影”。
叔父さんは荷物を放り投げて浴衣に着替え、嬉々としてお風呂へ向かった。
「ミオ〜! 湯船のサイズ、ばっちりだったぞ〜!」
わたしはお土産コーナーを覗きに行ってみた。
誰もいない。え、お客さんもいないの?
「おほほほー。今日は貸し切りでごさいますよぅ」
び、びっくりした……。
その夜、
廊下の端から、誰かの足音がずっとこちらの部屋に向かってくる。
──でも、誰も来ない。
部屋では、天井が“呼吸している”。
わたしは枕を抱きながら、全神経を使って“目を合わせない”技を駆使していた。
そこへ、ふいに障子が開いて──叔父さんが顔を出した。
「いや〜ミオ、いい湯だったぞ〜。誰もいなかったし、貸切で快適だった! 君も入ってきなさい」
わたしは温泉にザブンと飛び込んで、髪も乾かさず部屋に逃げ込んだ。
何が貸し切りだー。団体さん入ってたよーう。
──その夜、わたしは一睡もできなかった。
次の朝、叔父さんはとても満足そうな顔をしていた。
「ミオ、また来ような! 今度は連泊とかどう?」
「……次は、ない!!」
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