第46話『斬れぬ剣、貫く心──ユリアナの実演試合』

王都西広場──そこは、ふだん旅芸人や物売りが行き交う陽気な市場だった。だがこの日ばかりは、広場の空気が緊張に引き締まっていた。

 特設された試合場の中央に、一人の少女が立つ。

 薄蒼の騎士装束をまとい、背筋を伸ばした姿に、誰もが目を奪われる。少女の名は、ユリアナ・シュヴァルツ。かつて《王剣連隊》の天才剣士と呼ばれた彼女が、今、新たな剣を手に立っていた。


「次の実演試合、エントリーNo.12──ユリアナ・シュヴァルツ! 使用武器、《心剣(シンケン)》──試作品につき、斬撃性能・未知数!」


 司会の声が高らかに響くと、観客席がどよめく。

 「未知数」──それは恐怖であり、また期待でもあった。なぜなら、ここに集まった観衆の多くが、“刀匠大会”における話題の中心──「湊という鍛冶師が作った異端の剣」について噂していたからだ。

 その剣が、今まさに実戦試合に登場するという。


 ユリアナの手にある剣は、従来の武器とは明らかに異質だった。

 細く、しなやかな刃身は、まるで氷を積層したように透き通っており、太陽光を浴びるたびに七色の光をゆらめかせる。

 刃には波紋もなければ、血溝もない。だがそこには確かに、見る者の“心”を射抜くような力が宿っていた。


「……これが、《心剣》」


 最前列のクラリスが、無意識に息を呑んだ。

 湊は隣で静かに頷きながら、ユリアナの背を見つめていた。


「お前なら、使えるはずだ。力で斬らず、心で通じる剣──その在り方を」


 ユリアナが、そっと目を閉じた。

 湊とクラリス、ふたりの鍛冶師が一夜をかけて鍛え上げた刃。想いを通わせるための剣──その在り方を、彼女は今から全ての観衆に示す。


 対戦相手が場に上がる。

 王都警備隊に属する剛剣の騎士──ゲルハルト・バーンズ。

 屈強な体躯に筋肉の鎧を纏い、鉄塊のような大剣を担いで現れたその姿に、観衆のざわめきが再び大きくなる。


「……小娘が、俺とやるってか」


 ゲルハルトは片眉を上げ、笑った。だが、ユリアナは怯まない。

 その眼差しに、彼はわずかに興味を抱いたようだった。


「なるほどな。その眼……嘘はついてねぇな。いいぜ、試してやる。お前の“心”とやらをよ」


 鐘が鳴る。試合、開始。


 最初に動いたのはユリアナだった。

 風を裂くような滑走。だが、その動きには殺気も、怒気もなかった。

 ただまっすぐに、“心”のままに剣を振るう。


 ──カンッ!


 一閃。

 ゲルハルトの剣が受け止めた。《心剣》は軽い軌道で打ち込みを入れ、すぐに弾かれる。通常の剣であれば、斬り込めずに押し負けるところだ。

 だが次の瞬間、彼の顔に変化が現れた。


「……なに、だ?」


 重い剣を打ち込んできたはずの少女の剣が、まるで“水”のように弾かれ、避けた。

 しかも、その残像のように感じられた一瞬に、彼の心に小さな震えが走った。


「……まさか、俺が……戸惑った……?」


 ゲルハルトが二撃目を振り下ろす。

 ユリアナは、躱すでも、受け止めるでもなく、“受け流した”。

 《心剣》が水のように剣をいなし、そのまま逆手に取り、彼の剣の重みを解きほどくように──外す。


「技術じゃない、これは……“心”で剣を受けてる、だと……?」


 観客席が静まり返る。

 剣がぶつかり合う音が、次第に“呼吸”と“意志”へと変化していくのが、誰の目にも見え始めた。


 ふたりは斬り合ってなどいない。

 対話をしているのだ。剣を通して、互いの“過去”や“信念”すら伝わってくるような、そんな戦いだった。


「お前……何者だ、ユリアナ・シュヴァルツ……!」


 ゲルハルトが叫ぶ。だがその声には怒りがなかった。

 驚きと、敬意。そして──胸を衝かれた者にだけ宿る、震えがあった。


「私は、もう誰かの剣じゃない。私は……私の“想い”を貫くために、ここにいる!」


 ユリアナの《心剣》が、最後の一閃を描いた。


 ──斬っていない。だが、貫かれた。


 ゲルハルトがその場に膝をつき、額に汗を浮かべてうなだれた。

 誰も声を発さない。誰もが、見守っていた。


 彼の胸に──何が、届いたのかを。


「……完敗だ。剣に、じゃねぇ。“お前の心”に負けた」


 その言葉と同時に、試合終了の鐘が鳴った。


 観客の誰かが、ぽつりと手を打った。それが波のように広がり、次第に、惜しみない拍手となる。


 ──ユリアナは、誰も傷つけずに勝利した。


 剣で“想い”を伝えるなど、幻想だと笑う者もいた。

 だが、ここにそれを証明した少女がいた。


 クラリスは涙を拭いながら湊の肩を叩いた。


「湊……やったよ。あの剣、あの子の心、みんなに届いた……!」


 湊はただ頷く。

 その横で、ユリアナが静かに剣を鞘に納めた。


「湊……ありがとう。あなたの刃が、私の心を守ってくれた」


 少女の目には、誇りと覚悟が宿っていた。

 そして観衆の誰もが、“剣とは何か”を改めて問うことになった。


 ──刃は、斬るためにあるのではない。

 誰かと、心を通わせるためにある。


 そんな未来が、ほんの一瞬でも見えた日だった。

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異世界のんびり刀匠『鍛冶屋、ひっそり異世界ライフ。──“令和の村正”と呼ばれた俺、刀を打っても静かに暮らしたい』 常陸之介寛浩◆本能寺から始める信長との天 @shakukankou

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