川原にて

濡れ鼠

川原にて

ほととぎす夜半に鳴くこそ哀れなれ 闇に惑ふはなれ独りかは(崇徳院)


遥か遠くを走るバイクの走行音が、鼓膜をかすめる。僕は音を立てないように、ゆっくりと寝返りを打つ。隣のベッドから、規則正しい寝息が聞こえる。

心臓が、いつもより少し速いテンポを刻む。唾を飲み込む音が響き渡って、僕は同期たちが目を覚ますことを恐れる。これでは到底、眠れそうにない。指先で額を拭うと、湿っぽい前髪が指先に絡まった。


「お前が公務員になるとはな」

友はそう言って、刈り上げたばかりの僕の後頭部に触れた。草むらの中から、アオサギがぱっと飛び出す。僕は川の流れに沿って、足を踏み出す。

「意外か?」

「いや、全然」

柳の枝葉が風を含んで揺れる。友は足を止め、川の方に顔を向ける。昨日の雨で勢いを増した水が、橋脚にぶつかり、引き裂かれる。

「しばらく会えないな」

友は言い、再び歩き出す。橋桁が、彼の頰に影を落とす。

「どうだろう、あんまり続かないかも」

僕は水面に溢れる泡沫を眺めながら呟く。いくつもの白い泡が、次々と弾けて消える。

「そうか?」

僕は次の言葉が見つからなくて、わずかに、歩くのが速くなる。友の足音が遠ざかり、そしてまた、僕に並ぶ。

「次会ったらさ、教えてよ、どんな感じか。銃とか、撃つんだろ?」

友の声は、陽射しを含んで温かく、軽やかに揺れる。瞳の奥を綿雲が流れていく。

「話せないことの方が多いんじゃないかな」

僕が言うと、友は空を見上げ、声を立てて笑った。

「変わらないね」


僕は頭から毛布をかぶり、息をひそめる。喉の奥に押し留めたものが、また少し眠気を遠ざける。瞼の裏で、泡沫を飲み込んだ川面が、青鈍色にきらめく。川の流れに耳を傾けると、少しだけ、鼓動が緩やかになる。橋を過ぎてひとまとまりになった川は、再び下流を目指す。

今度会ったときは、どんな話をしようか。

友の笑い声が柔らかく弾けて、僕は豊かな川面にゆっくりと意識を沈めていった。

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川原にて 濡れ鼠 @brownrat

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