お人形
@MK_desu_
第1話
会社の帰り道、私は一体の人形を買った。
女の子の人形だった。艶やかな茶色の髪に、ガラスのように透き通った黒い瞳。すらりとした手足と、どこか憂いを帯びた口元は、幼いというよりも、大人びて見えた。
量販店の片隅にひっそりと並んでいたその人形に、私はなぜか惹きつけられた。ふと、懐かしさが胸をかすめた。小さい頃――そう、あの頃、私はお人形を持っていなかった。友達はみんな可愛いドールを持っていたのに、私だけはダメだった。
どんなにおねだりしても、母は決して首を縦に振らなかった。「そんなの、いらないでしょ」と言って、私の目の前で人形のカタログを破ったことさえある。
だから私は、ずっと憧れていたのだ。人形を持つことに。…愛されることに。
歳を重ねても、その憧れは消えなかった。むしろ、増すばかりだった。けれど、それを他人に話すことはできない。変だと思われる。気味悪がられる。だから私は、ずっと隠していた。
家に帰り着く。アパートの2階、自室のドアを開けた瞬間、ほんの少し空気がよどんでいる気がした。部屋の中は静まり返っていた。誰もいないのに、誰かがこっちを見ているような、そんな気配。
私は靴を脱ぎ、電気を点ける。白い蛍光灯が天井でチカチカと瞬く。その光に照らされて、床一面に並べられた人形たちの目が、一斉にこちらを向いたように思えた。
金髪の人形。黒髪の人形。瞳の色も肌の色も違う、何百体もの人形たちが、壁際、棚の上、ベッドの下、クローゼットの中……隙間なく部屋を埋め尽くしている。
私は慣れた手つきでスーツを脱ぎ、ベッドの縁に腰を下ろす。人形たちの視線に囲まれながらも、私は微笑んだ。
今日、仲間がまた一人増えた。
買ってきたばかりの箱を開ける。薄紙をはがすと、人形の冷たい顔が覗く。新品の匂いが鼻をくすぐった。
静かに、優しく語りかける。
「みんな、仲良くしてあげてね……」
男はそう言うと、ベッドに横になった。
お人形 @MK_desu_
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