第28話 『黒』の魔法少女の誕生② 舞台の下準備

「ここか....?」


 疑問に満ちた言葉が思わず溢れる。

 かく言う私の見た目は母さんからから借りた服に黒いサングラスとマスク、帽子の不審者変装キットだったがこれは致し方ないと思って欲しい....


「気持ち悪い」


 見られてないそれは分かっている。

 だが少しでも肌を露出すると自分が道行く他の人全てに監視されてるような付け狙われてるような不快感が後を絶たない。

 これが女子の感じてる特有の感覚なのかTSした元男の特異なものなのかは不確かだったが逆に目立つような格好になっても顔や必要最低以上に肌を出すことが嫌だった。


 と、まぁ俺の感覚の話はここでいい....

 話したいのは今俺が来ている場所だ。

 特に何の変哲もない国道沿いの道をちょっと逸れたところにある住宅に囲われた土地だ。


「ここで紗良が死んだ....」


 何回も写真を再確認してみるが脇に写っている建物的に間違いない。

 ここで、この場所で紗良は殺された。


「おかしいな....?」


 しかしおかしかった。

 人が死んだら普通はどうなる?

 普通に考えて軽くニュースで報道ぐらいはされるだろう。

 何よりあそこまでグロテスクな殺され方をされていたのだメディアが取り上げないはずもないし警察もあるから道が封鎖されててもおかしくない....その筈だった。


 しかし依然として道はただの道でしかなかったし、おかしい所などない。

 滴り落ちた血の跡もなければあの女の手がかりになるようなものも一切見えなかった。


「なにか手がかりがあればって期待したんだけど....」


 期待した俺が悪いと言えばそうだけど辛い思いまでしてここまで来たのになんの収穫もないというのはなんというか....納得できなかった。


「写真じゃここら辺に紗良の遺体が....遺体?」


 葉南さんからは紗良の遺体には自動車に追突されて顔が酷い有様になってしまっていたってのは聞いた。

 でも腹に穴が空いていたなんて話は一言も聞いてない....というかそんなことが分かっているなら事故ではなく事件と言ったはずだ。


「やっぱり合成写真なのか....」


 薄々気づいてはいた。

 どうかしていたのだこんな無理やり合成させたみたいな状況の写真を少しでも信じていた俺がどうにかしていたんだ。


『いいのかい?好きな女の本当の死因も知れずにのうのうと自分は忘れて生きようだなんて私にはできないね。ケケケッ』


 あのぬいぐるみ腹の立つ声で言葉が頭の中を駆け巡った。


「結局は全部嘘っぱちだったじゃないか....」


 急に悲しくなってその場でホロホロと涙が止まらない。


 本当の死因なんてものはなくて、あのぬいぐるみが不思議なものである事は確かなのかもしれないが騙された俺は一方的にあんな怪しい奴の言葉に誑かされて契約などと意味の分からないものに乗って挙句このザマだ....


「こんなのって....こんなのってあんまりじゃないか....」


 悪いのは警戒心をもっと強く抱けなかった己、こんな胡散臭い話を幻想だと決めつけ乗っかってしまった己、馬鹿げた合成写真に踊らされ無駄足を踏んだ己....悪いのは全部己だった。


 そんなことは珀斗自身痛いほど実感していることだった。

 でも嫌だった....認めたくなかった。

 自分がこんなことになっていることを、自分がひょいひょいと口車に乗せられたことを....そして紗良が死んだことを....そんなことから唯、目を逸らしたかっただけだった。


「うっ....くっ....」


 かっこ悪いとは思っても感情の奥底から溢れてくる涙は止められない。

 拭っても拭ってもとめどなく溢れてくる。


「お姉ちゃん大ぃ丈夫ぅ?」


 少しだけ発音のおかしい女の子の声が聞こえた。

 大丈夫と返そうとする声も嗚咽塗れで酷いものでマトモな返答になってなかった。


「お姉ちゃん大ぃ丈夫ぅ?」


 急いで涙を拭ってその声の主を見ようとするが視界が滲んでいて上手く見えないが赤い服を着ているってことだけは分かった。


「心配かけてごめんなさい」


 少女の顔は見えなかったけど頭を軽く下げ居心地の悪い空間からそそくさと歩いていく。

 ──ぴちゃ


「きゃあ!──水溜まり....?」


 足が湿る感覚と共に冷たいものが跳ねてきて未だ聞き慣れない可愛らしい悲鳴が出てしまう。


 最ッ悪....結構強めに踏んだ....靴が濡れたら気持ち悪いしマスクにもかかった、替えなんて用意してないし──水溜まり?

 確か最近はずっと晴れだった筈だ。

 ここ4日ぐらいは快晴で今日がようやく少し曇り始めたか?ぐらい。

 水溜まりなんてある訳ないしここに着いた時も多分なかった筈....じゃあ私にかかってるこれってなんだ?


 滲んだ視界が少しづつ鮮明になっていく....


「なに....赤....え──?」


 これが見間違いじゃないのなら、幻覚じゃないならそれは血だった。

 泣きじゃくってたせいで分からなかったけど辺りには鉄臭い匂いが充満していてなぜか視界に広がる世界全てがぼんやりと赤い。


 やばいやばいやばい!なにかやばい!事件?それとも事故?

 何にしろこんな血溜りがある時点で流血沙汰の何らかのやばいことがあったに違いない。


「もし怪我人がいるんなら早く救急車を、いや事件の可能性もあるから警察が先?」


 あまりにも非日常的な出来事で考えがまとまらない。

 充電してたっけ?電話かけないと。どこにかける?血は固まってなかったけどもしかしてまだ犯人が近くにいる?怪我した人は一体どこに?怖い怖い怖い怖い怖い───


 とりあえずスマホを忙しなく震える手でポケットから取り出して落としそうになりながらも電源を入れる。


「よ、良かった....充電は思ったよりある....今すぐ電話を....嘘....でしょ?」


 私の安心連絡手段は薄く光る画面の左上部にある圏外絶望の二文字に呆気なく崩された。


「なんでなんでなんで?ここ街中だよ?圏外なんておかしいじゃん....」


 思わず数歩後退りしてしまう。

 ドサッ....

 私の腰あたりの大きさしかないであろう軽くて小さいなにかにぶつかった。


「お姉ちゃん大ぃ丈夫ぅ?」


 さっき声をかけてくれたの女の子だ。

 もし事件だとして犯人が近くにいるんならこの子も危ない....一緒に逃げないと!


「痛いかもしれないけどゴメン!」


 少女の手を掴んで走り出そうとした私だったがその時さっきまで焦りしかなかった脳内にふと疑問が浮かぶ。

 さっきぶつかった感じからしてこの子の身長は私の腰辺りなんだ....でもそれってあまりにも低すぎないか?

 女に変わった影響なのか男の時よりも俺の身長は縮んでいる。

 その私の腰ぐらいの身長ってのは1mも身長がないんじゃないだろうか?


「お姉ちゃん大ぃ丈夫ぅ?お姉ちゃん大ィ丈夫ゥ?お姉チャンダぃ丈夫ぅ?お姉ちゃんダ、ダダダダ、ダダダダダキャハハハハハハハハハハ!」


 なぜかビクともしない女の子の手を引き続けると突然女の子は壊れたラジオみたいな声を発したあと気味の悪い笑い声を上げた。

 あまりの怖さに俺は女の子の手を急いで振りほどいて這いずるように離れようとした。


「え.....」


 這いずる過程で女の子の姿を初めてまともに見た。

 答えは絶句、人はあまりの恐怖に晒されると悲鳴もあげることができないらしい。


 女の子には頭がなかった。

 首から上には蠢く目のついた触手のようなものがうねっていて声もその触手が機械的に呟いているもののようだった。


「お姉ちゃん大ぃ丈夫ぅ?」


 化け物はこちらにゆっくりと近づきながら発音のおかしな少女の声でこちらに語りかけてくる。

 頭がないのにその少女はどこか泣いているようにも見えた。


「やめて!来ないで!」


 腰が抜けて立つこともままならない。

 震える手で地面に手をついて何度も逃走を試みるも如何せんまともな精神状態でない子供と化け物だ逃げ切れる訳でもない。


「お姉ぇぇえちゃぁぁぁんお腹空いたよぉおおおお!」


 触手が届く範囲に入ったのか頭の奴の内の二、三匹が勢いよくこちらに向かって飛び出してくる。

 空中を泳ぐように進む触手は目のあった部分が真ん中からぱっくりと割れ、鋭くて黄ばんだ歯が姿を表し恐怖心を煽るように歯同士を打ち鳴らす。

 しかしその触手の進行は突然飛来した長方形の何かによって阻まれた。


「ギェエエエエ!」


 それは触手を真っ二つにすると地面へと深く突き刺さった。


「トランプ.....?」


 絶えず赤い視界に目を凝らすとそれはジョーカーの書かれたトランプだった。


 あれ?なんか書かれてる.....

 カードにはマーカーでなにか文字が書かれているが書いた人が雑なのか酷い達筆なのか少し読みとりづらかった。


「魔装.....展開.....?きゃっ.....」


 視界が突然一時の光に覆い尽くされ次に目に入ったのは短すぎるスカートだった。


 所々フリルがあしらわれているが可愛さというものはあまり感じずどちらかと言うとシックさと僅かな妖艶さを引き立てるような黒い衣装だった。


「な、なんだよこの恥ずかしいコスプレ衣装は!俺の.....いや母さんの服は!?」


「お姉ちゃん大ぃ丈夫ぅ?」


 短かいスカートを精一杯伸ばして顕になっている太ももをできるだけ隠そうとするが明らかに長さが足りないため余計にエロ──扇情的に見えた。

 ともあれ服が急に変わったことで気が動転して足も動くようになったが目の前にいる化け物は変わらない。

 今も尚ゆっくりとこっちに向かってくる。


 なんでこんな化け物が?もしかして女の子の身体は本物?じゃああの血は.....。やだよやだよやだよ、近づかないで、こっちに来ないで、目に映らないで.....


「こっち来んな!」


「──ミギェ」


 張り詰めた感情が拒絶の言葉となって飛び出した。

 その瞬間なにか身体から抜け落ちる感覚とともに化け物はなにかに押し潰されたみたいな肉塊へと変容した。


「助かった.....?」


 恐怖の糸が切れた私はその場でへたりこんで気を失った。


 〜〜〜


「これで契約は果たしたよクロネコ?こちらが果たしたということは君も私に提示したものを提供してもらおうか?」


 離れた家の屋根に少女が一人立っている。

 少女の髪は半分が赤でもう半分が青という奇抜な色で服も道化師を模したもののようで色の主張が激しい。


 そしてその少女に相対していたのはその家のアンテナの上に乗っかる黒い猫のぬいぐるみだった。


「もちろんさね。契約は絶対に遵守される。マスコットを知る魔法少女あんたらならよ〜く知ってる筈さねケケケッ」


「ならば教えてもらおうかボクに狂気という名の祝福を教えてくれる者の情報を!」


 道化師少女のテンションは高く言葉一つ一つが自分が演劇にでも出ているかのように芝居がかった大袈裟なものだった。


「まぁまぁそんな慌てなさんな。私が提示する答えはあの子さねケケケッ」


「ほう?あの少女が僕を狂気へ導いてくれるとでも?」


 疑問的な少女に対しぬいぐるみは呆れたような顔で続ける。


「あまり急かすもんじゃないさね。正確にはあの子がお前の求める人ではないさね。」


「つまりどういうことだい?君はボクを騙したということかな?」


 少女は手から手品のようにトランプを取り出すとサーカスのピエロのように手で弄び始める。


「違う違う、彼女とお前の求める人間は同じということさね。あいつならお前の求めるそれに辿り着ける筈さね」


「ほうほう、それは素晴らしいことだ!だが一つ聞きたい!クロネコ何故お前はその存在を知っているのに直接私にそいつの情報を渡さない?」


 トランプが一枚弾けぬいぐるみの毛を薄く刈り空へと抜ける。


「物騒なことをするもんじゃないさね。お前と私はあくまで一時的な協力関係、全てを教える必要はないと考えるさね」


 少女は腕をポンっと叩き、


「ふむ、それもそうだな。それはこちらが悪かった。確かにボクのしたこともトランプ一枚投げただけに過ぎない。これ以上望むのも烏滸がましいか」


「分かっているならわざわざ脅すような真似するんじゃないさね.....」


「いや別にボクは脅してなんかなかったよ?仕組まれた側と仕組む側.....しかし求める者は同じ。交差する狂気、渇望!大いに結構!ただボクが思ったのはなんというかとてもロマンチックで素晴らしいなと感じただけさ」


「つくづくイカれた奴さね」


 呆れたように呟くぬいぐるみとテンションMAXの少女.....赤い世界は等しくその影を紅く照らしていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 読んで頂きありがとうございます!

 いや、魔法少女いいね。思ったよりインスピレーションがモリモリ湧いてきますわ


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