一人目:椿 春奈~劣等感の捨て方~ 春奈視点
『今日のゲストは、今映画やドラマにひっぱりだこ、大ブレイク中の
テレビの画面に映るのは、わたしとそっくりな顔の女性俳優。清純派と呼ばれるに相応しい爽やかな笑顔に白いワンピースがよく似合っていた。
今度上映される映画の宣伝で、朝の情報番組に出演していた。愛嬌があって華があって頭も良い。誰からも愛される千春は、わたしの双子の妹だ。双子とはいっても、姉であるわたし——春奈の性格は正反対。引っ込み思案で無愛想。
双子である千春といつも比べられていた。
千春ちゃんは可愛い、春奈ちゃんはぶすくれてる。
千春ちゃんといると楽しい、春奈ちゃんといてもつまらない。
そんな自分から解放してくれたのが演劇だった。自分じゃない誰かになりきることで、わたしをわたしでなくしてくれた。演技をしている時が一番楽しかった。
なのだけれど……わたしの劇を観にきていた千春がスカウトされて俳優としての道を歩み始めると、あっという間にブレイクしてわたしの手の届かない場所にいってしまった。
同じ日に生まれて同じ親に育てられたのに、どうしてここまで差が生まれてしまったのか。
それはよく分かっている。千春には才能があるからだ。その場にいるだけで人を虜にするほど魅力を放つ。それも、ごく自然に。
それが私にはできない。いつも台本とにらめっこをして、ああでもないこうでもないと試行錯誤をしてようやく役になりきることができた。
時計を見てそろそろ仕事の時間だとテレビを消した。ちょうど家族の話題になった時だった。双子の姉がいて、と千春が言ったところだったと思う。
築うん十年のアパートを出ると、最近見慣れた顔がやはりそこにいた。
それだけに、なぜ一から劇団を立ち上げて、わたしに声をかけてきたのかよく分からない。
「また来たんですか」
「来たよ」
「何度言われても、わたしの考えは変わらないですよ」
「それでも君をスカウトしに来た」
「時間の無駄です。わたしのような演技をする役者はゴロゴロいますし。そもそも、もう演技なんてしていないですし」
千春が芸能界に入ってしばらくしてから、私は劇団をやめた。いつしか、椿千春の姉、という肩書きがついて回って、哀れみの目を向けられることが多くなったからだ。今はしがない事務員だ。
「そうは思わないけれど」
「他を探した方が良いです。わたし、今から仕事なんで」
七星の脇を通り過ぎようとした時だった。
「率直に言うと、私は君がうらやましい」
何を言っているのだ、と思わず立ち止まってしまった。お世辞でも言っているのかと七星を見れば、かなり真剣な顔でわたしを見ていた。
「それは……どういう意味です?」
「そのままの意味だよ。一度、君の演技を見たことがあってね。去年の春だったかな」
去年の春といえば、わたしが劇団をやめる前の最後の舞台がはじまった頃だ。オリジナルの演目で、何の取り柄もないOL達が歌い踊るコメディチックなものだった。
わたしは最後ということもあって、初めて主役を演じることになった。最後なのだからと今までの経験を全てぶつけてのぞんだ。
「あの演技は素晴らしかった。全身を使って踊り回る様子、役者という職業に対する愛情がひしひしと伝わってきたよ。それに、凡人だと悩みつつも自分らしく生きようと足掻く等身大の主人公を、あれだけ臨場感たっぷりに演じられる君の演技力には脱帽だ」
それはあなたもでしょう、という言葉が出ていきそうになった。だが、七星はわたしに何も言わせないつもりなのか、ずいと一歩近づいてきた。
「どこか泥臭くて不器用で、自分に自信がないけれど一生懸命に生きている。人というのは、そんな等身大な姿に自分を重ねて共感し、勇気をもらう。君の演技の中には、君自身が感じた葛藤や苦悩が見えた。それを演技にのせることができるのは、君の才能なのではないだろうか。等身大の演技をするにはそれなりにセンスがいることだよ」
才能、センス。わたしとは無縁な言葉だと思っていた。でも、七星の言葉を素直に受け取れないのが、わたしの悪い癖だ。劣等感から生まれる、自己肯定感の低さがそうさせる。
「そんなこと誰にでも出来ると思います」
「いいや。等身大の演技というのは、誇張しすぎず、かつ違和感を与えない演技だ。多くの人から共感されるよう演じるのは難しい。君の演技に共感し、勇気をもらった人はたくさんいるはずだよ。たとえば、椿千春とか」
「千春?」
七星がスマホの画面を見せてきた。そこにはネットニュースが映っていて、今朝の情報番組に出演した千春のことが書かれていた。このご時世、情報というのは本当に光のような速さで流れてくるから驚いてしまう。見出しにはこう書いてあった。
『大ブレイク中の椿千春の原点は姉「初めて演技で泣いた」』
記事は更に続いていた。
「演技というのは作り物だからなのか、どうしても入り込むことができませんでした。けれど、姉の舞台を見に行った時、姉が演じる役に感情移入して、いつの間にか涙がこぼれていました。本物の演技とはまさにこれなのだと。それ以来、私の役者としての最終目標は姉なんです」
知らなかった。千春がそう思っていたなんて。思えば、千春とまともに話したのは芸能界に入る前のことだったから、千春が何を思っているのかなど知る由もなかった。
「私も君の演技に自分を重ねていたよ。そういう演技ができる役者が、私の劇団にほしい。どうかな。もう一度やってみない? 私は君の演技が見たい」
七星が手を伸ばして待っている。
演じることは好きだ。嫌いなわたしから距離を置けると思ったから。でも、いつもの無愛想で不器用で泥臭くて悩みを抱えている本当のわたしこそが、演技をする上でのわたしの強みだとは知らなかった。
わたしがわたしでいて良い場所だと思えた。
七星の手をとれば、彼女は満面の笑みを浮かべていた。
「ようこそ、劇団トゥルナンへ。とは言ってもまだ駆け出しの劇団だから、仕事をしながらの方が経済的にも不安はないだろう。まあ、ゆくゆくは、演劇一本で食べていけるよう私も努力していくからね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
こうして、わたしはもう一度、舞台に立つことを決めたのだった。
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