第3話

第2話・後編「料理人スキルと黒猫の契約」


 職業:料理人。

 それはつまり、「戦えない」「スキルは鍋」「初期装備はまな板とおたま」という、完全サポート職。

 異世界生活で夢見た華やかなバトルも、スキル連発も、すべてが遠ざかっていった。


 「まぁ……依頼だけこなせばいいか」


 ギルドの受付嬢・ミレアに勧められたのは、初心者向けの素材採取クエスト。

 「クレスティアの森で薬草を三種回収する」という内容だ。戦闘は不要、道さえ間違えなければ危険もない。


 地図を頼りに森の入口まで向かい、草をかき分けながら奥へ進む。



 森の中は静かだった。

 鳥のさえずり、木漏れ日、わずかに漂う湿った空気。

 まるで絵本の中にいるような感覚に浸りながら、地面に生える赤い葉や、薄紫の苔を採取していく。


 「意外と……楽勝だな」


 そう思った矢先、視界の端を何かが横切った。


 見ると、岩陰に赤黒いトカゲがいた。体長は小型犬ほど、長く伸びた尻尾がこちらを睨んで揺れている。


 「うわ、気持ち悪……」


 けれど、その尾はギルドの資料で見た“希少素材”の一つだった。


 武器もない。戦闘スキルもない。でも――近くに転がっていた石を拾い、思いきり投げつけた。


 「いけっ!」


 ゴッという鈍い音とともに、トカゲが動かなくなる。


 「……まさか、当たるとは」


 近づいて、恐る恐る尾を切り取る。

 肉は弾力があり、妙に熱を帯びているようだった。



 クエストの採取ノルマも終え、焚き火を起こして休憩することにした。

 持っていたナイフで尻尾をぶつ切りにし、適当に炙ってみる。


 ジューッという音とともに、香ばしい匂いが立ちのぼる。


 「……うまそうじゃね?」


 半信半疑で一口。


 その瞬間、体の内側がじわりと熱くなる。

 心臓がどくんと高鳴り、皮膚がほんのり赤く染まった。


 【スキル一時発動:耐熱皮膚(小)】

 【経験値 +4/スキル定着まで残り:46】


 「は……? え、えっ? なにこれ……」


 明らかに自分の体が変化している。

 トカゲの肉を食べたことで、その“性質”が体に宿った……?


 【料理人】のスキル――それは、「食べた素材の力を一時的に取り込む能力」。

 しかも、自分で調理して食べたときだけ“経験値”が蓄積され、いずれスキルとして定着する。


 「これ……やばい職業だったんじゃ……?」


 そう気づいたそのとき、かすかに耳に届いた。


 「……う、うにゃ……」



 振り返ると、草むらの中に血まみれの黒猫がいた。


 片耳が裂け、足を引きずり、目はかすかに潤んでいる。


 「おい……大丈夫か……?」


 気づけば駆け寄り、拾い上げていた。

 ポーチから薬草を取り出して潰し、水と混ぜて即席の軟膏を作る。


 焚き火の残りでトカゲスープを煮立て、皿代わりの葉に注ぎ、猫の口元へそっと差し出した。


 猫は、ぺろ……ぺろ……と舐めるようにスープを飲む。


 すると――


 ふわりと猫の体が淡く光り、漂う空気が変わった。


 そして、声が響いた。


 「……人間。名は……?」


 「……しゃ、しゃべった……?」


 「我を拾い、癒し、飯を与えた。血と飯は、古の契約の証。

 今より我は、お前の使い魔となる。名は――レオン。よろしく頼む……にゃ」


 「……ちょっと待って、情報が多すぎる」


 猫にしてはやたら偉そうな口調。そして、何より頭の中に直接響く声。


 「人語を話す猫……いや、使い魔? 契約? はぁ!?」


 「うるさいにゃ。もう契約は成立してるにゃ。お前の作ったスープ、悪くなかったにゃ。だから、生き延びてやったにゃ」


 俺は、ただのニートだ。

 10年寝て過ごしただけの無能で、夢も目標もない人間だ。


 なのに今――異世界で、料理人としてトカゲを焼き、魔法のような力を得て、しゃべる猫と契約している。


 「なんだよこれ……どうなってんだよ俺の人生……」


 その問いに、レオンはあくび混じりに返した。


 「にゃ。――始まったんだにゃ、ようやく」

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