第2話
彼女の突撃はまるで嵐のようだった。
楔形陣の頂点、つまり先頭を走る彼女の突撃に、数千の敵が崩れ始めた。
彼女のランスが先頭の敵二人を貫き、折れると、彼女はランスの柄を捨てて騎兵刀を抜き放った。
馬上で剣を振るう彼女の剣撃に、数多の兵士たちが一人、また一人と薙ぎ倒されていく。
そうして生まれたわずかな空間に、彼女に続く騎兵たちが壁に打ち込まれる釘のように突き刺さっていく。
「あれが……クロエ・アルカディア……」
このゲームの主人公の姿が、俺の脳裏に焼き付いた。
ゲームの中でテキストとイラストでしか見たことのなかった強さが、今、目の前で繰り広げられている。
彼女の強さは、本当に想像を絶していた。
剣と剣の戦いなら負けない自信はあるが、彼女が持つ特有の迫力と輝きには、到底敵わないと思った。
「ヘルマン! 我々も行くぞ! 主君を援護しろ!」
父上の叫び声で、俺は我に返った。
そうだ、感嘆している場合じゃない。
俺もまた、この戦いの一部なのだ。
「はっ!」
大きく返事をして、馬の手綱を引いた。
俺たちの部隊は、クロエが切り開いた敵陣の側面に食い込んだ。
混乱に陥った敵兵たちは、まともな対応すらできなかった。
俺は前世、剣道選手の吉岡國親だった。
木剣ではなく真剣だったが、基本原理は同じだ。
相手の動きを読み、隙を突き、一撃で制圧する。
「ぐあああっ!」
「な、何なんだこいつは!」
俺の剣が宙を斬るたび、敵兵が倒れていく。
周りの騎士たちが力任せに敵を斬り伏せる中、俺はまるで舞うように敵の間を縫って進んだ。
最小限の動きで、最大限の効果を出す。
前世で修練した剣道の技が、体に染み付いていたからこそ可能なことだった。
敵の槍や剣が殺到したが、紙一重でかわし反撃する。
俺の活躍はすぐに目についた。
父上はもちろん、他の騎士たちまでもが驚いた目で俺を見ているのが感じられた。
だが、今はそんなことに気を取られている場合ではない。
俺たちの目標は勝利、そして主君の安全だ。
「地獄の炎よ、我が敵に向かって飛べ!」
後方から聞こえてくる誰かの声と共に、巨大な火球が敵陣に直撃した。
それによって数多の敵が悲鳴を上げながら炎に焼かれ、それによって生じた空間に俺たち騎士が突入した。
「ぐあああっ!」
「あああっ!」
苦しむ敵兵を一人、また一人と斬り伏せていく。
それによって生まれた空間に、味方の兵士たちがなだれ込む。
かくして、味方の核心戦略である「中央突破」は成功した。
敵軍の中央に突き刺さった味方の攻撃に、敵軍は二つに分断され、そうなると敵軍は士気を失い退却を始めた。
戦闘は思ったよりあっけなく終わった。
ついにディアナ軍が退却の角笛を吹き鳴らし、俺たちは勝利の雄叫びを上げた。
静まり返った戦場。
血と土埃、そして死体の間を、クロエが馬を進めて近づいてきた。
兜を脱いだ彼女の顔があらわになった。
ゲームのイラストよりもずっと、ずっと美しかった。
汗に濡れた金髪が陽光にきらめき、荒い息遣いの中にあっても、彼女の青い瞳は冷ややかに輝いていた。
血と汗、土埃にまみれていても、彼女の美しさは少しも損なわれていなかった。
いや、むしろ戦場の風景と調和し、より強烈な印象を残した。
だが、その眼差し。
勝利したにもかかわらず、その瞳には喜びよりも深い孤独と警戒心が宿っていた。
父上が俺に近づき、肩を叩いた。
「見事だ、ヘルマン。儂の初陣の時よりもずっと上手いぞ」
「過分なお言葉です、父上」
俺は努めて冷静に答えたが、視線はクロエから離せなかった。
彼女はしばらく副官にいくつか指示を出すと、こちらへ向かって馬を進めた。
我が家は今回の戦で最も大きな功績を上げた部類に入るから、労いに来るのだろう。
彼女の、冷たいとまで言えるほど冷静な青い瞳が、俺に向けられた。
悪魔ではなく、ただ一人の少女にしてみせると誓った彼女が、今、俺の目の前にいる。
「そなたの名は?」
低く、しかし澄んだ、けれどどこか威圧感を伴う声だった。
俺はごくりと唾を飲み込み、最大限の礼を尽くして答えた。
「ヘルマン・フォン・ルーデンベルクと申します、殿下」
「ルーデンベルクと申せば、あのルーデンベルク家の?」
彼女の視線が、俺の父上で止まった。
父上が代わりに答えた。
「はっ、我が息子にございます」
「そうか。私が貰い受けよう」
「……は?」
途端に、皆の視線がクロエへと集まった。
天才暴君女王の育て方 外人だけどラノベが好き @capybara33
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