第一章 旧区画の外れ ①
建物の影が深くなるに連れて、都市の気配が薄れていく。
ヨウの足元には、割れた舗装、ひび割れた歩道、草の根。壁には色褪せた落書きとポスターが貼り重なり、その上からさらに雨と時間が何層も塗り重ねられていた。
ここは、都市メンテナンスAIのスキャン範囲外。定期修復も監視ドローンも来ない場所。都市の末端であり、取り残された“過去”だった。
ヨウはゆっくりと歩を進めながら、ポケットの中の写真に触れた。
あの写真に写っていた路地に似た場所を、彼は無意識に探していた。
だがそれは、何かを探すための歩みというより、むしろ“迷いたい”という衝動に近かった。
壁際に、古びた自販機があった。
フレームは錆びつき、電源ランプは消え、扉の一部が僅かに開いていた。中の冷却装置は完全に止まり、缶の一部が傾いて転がっている。
けれど、その中に――やけに新しく見える缶が一つだけあった。
「……?」
ヨウは立ち止まり、扉に手をかける。思いのほか軽く、ギイ、と鈍い音を立てて開いた。
手を伸ばしてその缶を取り上げると、まだぬるく、わずかに炭酸の振動が指に伝わってきた。ついさっき、誰かがここに置いたのだろう。
息を呑んだその瞬間、背後で小さな音がした。
「……飲まない方がいいよ、それ。甘ったるいし、もう気が抜けてる」
少女の声だった。
振り返ると、古い階段の影に、一人の人物が座っていた。長い前髪に隠れた瞳、くたびれたパーカー、そして明らかに規格外のデバイスをいじる手元。
その姿は、どこかこの世界の“仕様”から逸脱していた。
「……誰?」
そう尋ねると、少女は少しだけ笑って、言った。
「ここで何か探してるように見えたから。迷い込んだのかと思って」
「……まあ、そんなところかもしれない」
ヨウの声に、少女は目を細めた。まるで、懐かしいものを見るように。
そして彼女は名乗った。
「リナ。ここら辺に住んでる、ってことにしてる」
それが、ヨウとリナの最初の出会いだった。
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