怪物の親友
げんまえび
プロローグ 絶体絶命ふたたび
背後の暗闇から一本の腕がオレに向かって伸びてくる。振り返った時にはもう遅い。それは迷わずオレの喉を鷲掴みにすると、じわじわと気管を圧迫しながら、脅しとばかりに咽頭に当たる掌をわざとらしくくねらせた。喉仏がうねる感触にオレはえずきそうになるが、それすらも凶悪な手によって押さえ込まれてしまう。
しかし、相手は一向にオレへ留めをささない。混濁し始める意識の中でオレは初め、蛇が獲物を嬲り殺しにするように、ゆっくりと時間をかけるのが相手の趣味なのかと考えた。いいや、考えたというほど思考は纏まっていないが。とにかく、そんなことを思い浮かべた。これまでの被害者たちもこうやって生殺しにされたのだろうか、と。しかし、次に奇妙なことが起こった。
奇妙だ。奇妙の極みだ。相手が喉を掴む力を僅かに緩めたのだ。そして事もあろうに、僅かな酸素を求めて喘いでいたオレに向かって、そいつはこう問うた。
「どうして分かったの?」
暗闇の奥、姿こそ見えないが予想通りの声。
犯人が、という意味だろうか。とオレは考える。
それならば、分かったという言葉を使うのは烏滸がましい。声を聞くまでは予想の当否は確証がなかったし、こうやって問いかけてくれなければ、冥途でも答えを知らぬまま過ごしていただろう。
考えている間に、もう一度気管支がキュッと摘まれる。
「早く答えなよ、命が惜しいならさ」
再び緩んだ呼吸の中で、オレは思わず口走った。
「それはつまり、君が満足いく答えが返せれば、命を助けてくれる可能性があるということなのか?」
「面白いこと言うなぁ」
鈴を転がすような笑い声が聞こえて、それが直後、地を這う恐ろしい声色に変わる。
「だから変なのに目をつけられちゃうんだよ。ワタシみたいな、ね」
「わかるよ。オレって変なのに目を付けられやすいんだ」
暗闇に一拍の沈黙が落ちる。
「それが答えってことなのかな。答えで、最期の言葉ってことなのかな。だとしたら、やっぱり君はワタシの最後に相応しい。今日は来て良かったよ。明日は晴れ晴れした気持ちでこの村を出立できる。もちろん、君も一緒だよ。一緒に来られるようにしてあげる。こんな村、大嫌いだって言ってたでしょう? ひとりぼっちだったんだよね? ワタシはちゃんと聞いていたよ、大丈夫。責任を持って願いを叶えてあげる。嬉しい? 楽しみ? 清々しい? 旅立ちの日というのはどんな気持ちになるものだろう? ワタシは君が羨ましいよ」
饒舌な声がオレの精神を追い詰め、細い指先がオレの喉を締め付ける。息が苦しい。たぶんついでに、心も。すり減らされて石ころくらいになった小さな自尊心が、もう削れる箇所なんて残ってないくせに、一丁前に傷つく音がする。けれど、それがなんだ。心が、自尊心が、自我が、あとついでに首の骨も、その様々なものが折れる前に、オレはどうしても、一つだけコイツに言っておかなければならないことができた。
「違う」
「違う? 何が?」
「ひとりぼっちじゃない。オレにも友達がいるんだ。それも大親友」
絞りカスみたいなオレの言葉を相手が鼻で笑う。
「へぇ……初めて聞いたね。君って最期の最期まで面白いことを言うんだ。でも……あまり時間もなくてね……ううん、でも是非、名前だけでも聞いておきたいな。さあ、君の大親友の名前をどうぞワタシに聞かせて」
喉元の力が緩む。急速に流れ込んできた酸素にしがみ付きたくなる本能を抑えて、オレは生涯でただ一人、おそらく最初で最後の、つい最近なぜか成り行きで大親友の座に収まってしまった彼の名を、喉が裂けんばかりの絶叫に乗せて口にした。
「来てくれ、オレの大親友!!!———!!」
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