2-(4) 何も無い夜

 その日の晩はマリーと同じサークルに入っているという女と過ごした。より正確に言うならば、マリーとその女と三人で一夜を共にした。

 こういう時はだいたいマリーの家ですることが多い。マリーは顔が広く、積極的な性格をしているため、マリーの家に訪問してくる人間は数しれない。

 マリーの友人ニコラ曰く、その大半が男であり、僕のようないわゆる都合の良い関係というものを浅いのか深いのか分からないが、築いているらしい。


 もちろん、今晩の女含め他の女もマリーと意気投合するような気質をした人間であるが故、そういったことに抵抗はなくむしろ大胆で、パワフルな者ばかりだった。

 それでもやはり僕にとってもマリーが一番良かった。彼女に対して情愛はない。良いというのは、自分にとって都合のいい距離感と関係性という意味である。

 そして向こうもそれを理解していた。それどころかそんな僕に対して興味を募らせているようだった。

 マリーには幾度となく僕自身について話して欲しいとねだられたことがあったが、僕がそれに応じたことは一度もない。

 それでも彼女は僕に愛想をつくことはなく、それに反してますます好奇心を掻き立てられるようだった。おそらく女には、硬い甲羅の中に隠れた男の本心というものを暴いてみたい本能が元から備わっているのだろう。


 事が終了してからしばらくすると、マリーと同じサークルの女は寝息をたて始めた。マリーはというと、疲れたような様子を感じさせないいつもの活力に満ちた瞳をしながら、質問を浴びせてきた。


「昨日は誰のところに行ってたの?」

「ベラだよ。相変わらず面倒くさい奴だった」


 この時間が来る度に一応返答しておく。適当なことを口にしても問題ない、そんな空気がある。


「なんでそんなこと言うんだか。あの子とっても良い子じゃない」

「同性の友人からしたらそう見えるのかもしれないけどね。こっちからしたら、興味無い相手に気味悪い言葉をかけながらやるなんてできるわけが無いんだよ」

「そんなに特別に思われてるなら少しは優しくしてあげればいいのに」

「あいつにとって僕が特別なんじゃなくて、少しでも多くの異性を自分の元に繋ぎとめておきたいだけだよ。要するにかまってちゃんなんだ」

「そこまで言うなら関係を持つのをやめたらいいじゃない。別に無理して続けるものでもないでしょう。それとももしかして、そういう貴方こそ、自分にとって都合のいい相手を手放すのが惜しいのかしら」

「そうだって言ったら、あんたは僕に愛想でもつくのか」

「そうねー、今でもあんまり良くないけどさらにイメージダウンしちゃうかしら。ああでも、今の関係を終わらせる気にはならないからそこは安心していいわよ」

「そうか。それは良かった」


 ほぼ棒読みな皮肉を最後に、寝室に沈黙が満ちた。その静けさが妙に不愉快になり、その冷たい空気を断ち切るように口を開く。


「そういえば最近、不思議な子供に会った」

「子供?」


「ああ。本の読み方を教えてくれって言うから、仕方なく付き合ってやってる」

「ふーん。貴方ってドライなようでいて結構子供には優しいのね。男の子、それとも女の子?」

「女の子だよ。だいたい十二歳くらいかな」


 そんな年齢の子で字が読めないなんてきっと深刻な事情があるんだろう、そう思ったら何だか断れなかった。と、そこまでは口にしなかった。ただの上辺だけの間柄の相手に、そこまで自分の心をさらけ出すことは憚られる。

 マリーはつい今しがた、僕のことを優しいと言った。ノリで言った言葉か本心かは分からないが、どこまでも自分には不釣り合いな言葉に胸中が不快感を訴えた。

 それに、同情が優しさかと問われたら異を唱える者もいるだろう。それにその情の根底にある薄暗い罪悪感に気がついていないわけではなかった。


「もしかして、貴方ってそういう趣味?」


 マリーは、愉快そうにくすくすと笑った。


「くだらないからかいはやめろ。そんな特殊な趣味は持ってない。――それに、僕が誰かを好きになるなんてことはない」


 するりと自然に口に出た堅苦しい最後の言葉は、マリーに向けられた会話の一部というよりも独り言めいていた。

 寝室内の空気は以前よりも重苦しくなり、それきり彼女が口を開くことはなかった。流石にもうその空間に耐え忍ぶのは苦痛を超えて地獄であると判断し、時間的にも帰宅するにはちょうどいいということもあって服を着始めた。


「また明日か明後日に来る」

「明日は他の人と約束があるの。だから明後日に来てちょうだい」


 短い承諾の言葉をマリーに伝えた後、彼女の住居を後にした。

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