第6話

「young female《若い女性》」


とファルファレロは指一つ立てて、受付嬢から番号札を受け取る。


彼の後ろでカナエは連れてこられた施設を眺めている。長椅子や広さから病院の受付ブースのような雰囲気だ。


「ここは……?」|


と不安そうにカナエが尋ねる。


「無実の罪で地獄とはいえ、上へ申告するにも手続きが必要なのでね」


とファルファレロが穏やかに説明する。


「簡単な検査を受けていただきます、魂と身体の」


「魂と身体?」


(魂とは?いや、そもそもあの世だから百歩譲って、身体?)


と色々な考えが頭をよぎるがカナエの手をファルファレロがそっと握る。


温かい掌が、欠けた指先に触れ、滑らかに指をなぞりながら、低くささやく。


「……これも必要な手続きなんですわかってください」


馴れ馴れしくも優しい声色と眼差し。


免疫がないカナエは目線が切れない。


「Now we gonna start canopos testこれからカノポス検査を始めます


そんな中で奥から施設の係員らしき人物が大声で呼びかける。


みんな不安で互いに顔を見合わせたりしながらも人々は自然と行列を作り並び始める。


「ほら、始まりますよ、終わったら、出口でまたお迎えします。安心なさってください」


と促されるままにカナエも列に加わる。


**********


進んだ先は仕切りで路は狭く、長い列の中、


カナエは太った中年男性と後ろに黒人女性に挟まれ、尺取虫のように少しずつ進んでおり、


時々何かの拍子で歩みが詰まり、前後ろと接触するたび不快さや気まずさと閉塞感が沸いた。


(服をくれると言ってたけど、検査より先に渡すことはできなかったのかな)


(いや、でも他だって同じ条件だし)


と長蛇の渋滞がさまざま疑念を醸成する。


しかも後ろからの”it’s ok,it’s ok大丈夫、大丈夫”と己に言い聞かせるような独り言が不安をより煽る。


こうした『時間以外何者も解決してくれそうにない状況』をカナエは『どうでもいいことを考える事』で乗り切ってきた。今回も自然と独り言から連想する。


(そういえばなんで英語でやりとりしてるんだろう?)


確かに目覚めてからここまで雑多な人種や性別、年齢の人がいた。


その中で中華系と英語系の人たちはすぐに話しかけあったりサークルを形成していた。


(そっか、世界各地の死者がここにくるとしたら、


人口的に中華系や英語系が多くなるのか)


(ん?だとしたら話しかけてくれたあの馴れ馴れしい日本人青年について行った方がよかったんじゃ?)


(いや、第一彼は馴れ馴れしいし、私は英語でも別に)


(彼が話しかけてくれるまで自分は何もしなかったじゃない)


(だけど彼は明らかに怪しげな勧誘について行ったし


いや、そもそもファルファレロさんについて行った私は正解だったの?)


いずれも先行きを不安視させそうな思考の流れ、


カナエは息が詰まりそうで上を見上げた。


仕切りで区切られているだけで建物自体の天井は高いようで体育館並みのスペースにいることが予想できた。


そして上には見下ろせる場所があり、手すりに寄りかかって何人かがカナエたちの行列を見下ろしている。


その中にはファルファレロの姿も見えた。


カナエはなんとなく見守られている感じがして安心感が増しつつも、ふと自身が握っていた紙に気がついた。


ファルファレロから名前を書くために渡された紙、


内容を埋めただけで返しそびれた。


その事に気づいた時、カナエは少し広い空間にいて、そこでは係員たちがそれぞれ手に紐のついた珠を持って待っていた。


彼らはゆっくりとカナエたちに近づいてくる。


「これ……」


とカナエは紙を係員に見せながら引き返す旨を伝えようとしたが、係員は後ろに回りこんで、彼女の口に珠を嵌めて紐を両耳に縛った。


いわゆる猿轡で、カナエの周りも同じようにいきなり口を塞がれて騒然とする。


特にカナエの前にいた太った男性は暴れるそぶりをするが、すぐさま二人、三人と係員が走ってきて、彼は呆気なく取り押さえられた。


息苦しさと訳のわからない恐怖の中、カナエは横髪を掴まれて連行される。

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