第13話 百舌と混沌の舌
自らの欲望が裏目に出た事によって、状況が悪い方向に向かいそうになっている事に嫌な予感が頭をよぎったが。
当のサンゴはというと意外と頑張っている様子であり、この様子なら案外簡単に融合が成功するかもしれないと思っていると、サンゴの手が再び喋り始めた。
「さてさて、この口にも随分と慣れてきたところじゃ」
「なっ、急に饒舌になりやがったぞこいつっ」
それは、驚くほどの早口であり饒舌な様子に俺は思わず身構えた。すると、サンゴの手はケラケラと笑い始めた。
「のぉ小童、おぬしはわしをよみがえらせてくれた恩人じゃ、この娘を差し出すというのなら命だけは見逃してやらんこともないぞ?」
「何言ってんだ魂だけの分際で、大切な仲間候補を見過ごすわけないだろ」
「そうか、それは残念じゃ、こう見えてわしは生前名を馳せた魔術師でのぉ、お前ごとき口一つで殺せるぞ?」
「そうか?お前の棺にゃその馳せた名すら残っていなかったぞ、それどころか墓石もボロボロだ」
「なんじゃと?ミトランティスでは知らぬ者はおらぬこのわしの墓がボロボロになってるじゃとぉ?」
「そうだ」
なんだこいつ、もしかして本当に有名な奴なのか?
いや、でもこの調子で俺との会話に呆けてもらえばサンゴの手助けにもなる、このままこいつの気をそらすことに専念すべきだな。
「そんなわけあるか、わしは王立魔法大学で百年に一人の天才と呼ばれた神童「チック・パピー」じゃぞ?」
「チック・パピー?」
「わしの名を知らんのか、百舌のチック・パピーじゃ、数多の呪文を華麗に使いこなす天才なんじゃっ」
自らを天才と称する異常者としか思えない状況の中、それでもこれだけの強い魂を持っているこいつの言葉は、あながち嘘ではないのかもしれない。
そして、この状況の中、サンゴは必死に頑張っる様子が、徐々に魂の糸がサンゴの左腕を侵食し始めており、この時間稼ぎもただの無駄骨になってしまいそうな予感がしている。
「ピーチクパーチクよくわかんねぇこと言ってるが、とにかくお前にはこのままおとなしくサンゴの・・・・・・」
「ほぉ、この小娘はサンゴというのか?」
その瞬間、俺は自らの過ちに気づいてしまった。
それは、安易に名前を教えるという事がいかに危険であるかというのを思い出したからである。
なぜ危険であるか。それは人間だけに限らず、音や周波数が肉体に大きな影響を与えるからだ。
しかも、肉体と魂のやり取りをしているこの状況下において、俺のしでかしたミスは致命的であるのは間違いない。
「サンゴ、抗うんじゃないサンゴ、さぁわしにその体をおくれ?」
自称天才のチック・パピーは優しくサンゴの名前を呼び始めると、途端にサンゴは苦しみ始めた。
そして、彼女の左手は完全に魂の糸によって絡み取られ、首元までに侵食し始めた。
更に、その急激な浸食はとどまることなく、今度はサンゴの下半身にまで行き渡り始めた。
そして、サンゴはその場で膝から崩れ落ち、あっと言う間に魂による支配が進んだことに俺はすぐさまチック・パピーの魂を捉える事にした。
「魂握っ」
クロコと共に魂を掴むとサンゴへの浸食は止まった。だが、この状況ではサンゴと魂の融合は阻害されている状態であり、状況としては最悪なものだった。
「これは・・・・・・死霊術か?」
「まぁ落ち着けよチック・パピー、そんなに焦る事ないだろ?」
「ふむ、ただの小童ではないようじゃ、だがこの状況、わしの方が優勢に見える。違うか?」
「何が優勢だ、魂だけの奴が粋がるなよ」
「それはこっちのセリフじゃ小童、安易に名前を教えるなぞ、誰に死霊術におそわったのやら、師の顔が見てみたいもんじゃ」
「はははっ、残念だがその願いはかなわないな」
「ほぉ、まだ、わしの事を支配できると思っておるのか?」
「当然だ、いくらお前が強い魂だろうが何だろうが、肉体と魂が揃った人間をそう簡単に支配できると思うなよ・・・・・・なぁサンゴッ」
「はいっ」
サンゴは俺の問いかけに大声で答えた。そして、彼女は右手に持つモイストポプリの匂いを嗅ぎながら必死の形相でこの状況を打開しようとしており、その表情からは強い覚悟が見えたような気がした。
「いいかサンゴ、今からこいつの魂を放すから絶対に負けるな、勝つんだっ、お前なら絶対に力を手に入れられる」
「はい、やって見せます」
そうして、俺はチック・パピーの魂を束為そうとしていると、奴はケラケラと笑って見せた。
「良いのか小童、お前が手を放せばあっと言う間にこの小娘はわしのものになるぞ」
「ほざくな、生きてる人間が一番強いってのを、生前習っとくべきだったな」
俺は、サンゴを信じてチックパピーの魂を手放した。
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