第2話 焦げた村と運命の分かれ道

 目を覚ますと、木漏れ日からさす朝日と小鳥のさえずりが聞こえてきた。普段とよく似た朝の知らせに思えたのだが、僕の頭には瞬時に焦げた匂いと迫りくる炎を思い出した。

 

「母さんっ」


 体を起こして辺りを見渡すと、そこは昨日たどり着いた湿地の大木の根元であり、僕の視界に人の姿が見られなかった。だが、僕の背後で声が聞こえてきた。

 

「あぁ、ようやく起きたか」


 振り返ると、そこには昨日の夜に大木の元で出会った不思議なおじさんがいた。日のもとで鮮明に見るおじさんの姿は全体的に黒っぽい服装をしており、それはいつの日にか見た、絵本に出てくる死神の様に見えた。


「お、おじさん・・・・・・」

「そうだ、これは夢じゃない」


 その言葉はまるで僕の心を読んでいるみたいで気持ちが悪かった。だがそれ以上にこれが夢ではないという事と辺りを見渡しても母さんの姿がないという事に僕は絶望した。


「ねぇ、母さんは?」

「ここに来たのは結局のところお前一人だ、まぁ無理もないだろう、お前が眠った後ここにも面倒な輩がすぐそばまで来ていた」


「面倒な奴ら?」

「おそらく村の生き残りを探しに来ようとしていたのだろうが、泥田等が追い払った」


「そ、そうだったんだ・・・・・・あ、それよりも母さんを探しに行かないと」

「ちょうど今、泥田等が村の探索をしている所だ、お前も目覚めた事だし行くとするか」


 そうして、僕はおじさんの後をついて村の方へと向かうと、そこは既に村の原型をとどめておらず、焦げた匂いと真っ黒になった木材と瓦礫だらけになっていた。

 そして、村では昨日見た泥人形こと「泥田等」と呼ばれる人達があちこちで動いていた。


「泥田等によると村内の生存者は無し、被害者のほとんどは男。村近くで戦闘の形跡が見られ、そこで多くの村人の遺体が発見されている、それもすべて男だ」

「ほ、他の人たちは?」


「女、子どもに関しては行方知れず、遺体の確認も取れない事からおそらくどこかへ連れ去られたのだろうな」

「じゃあ、母さんたちは」


 僕はわずかな希望に少しだけ心が軽くなったような気がしたのだが、おじさんの顔はどこか冷たく暗い様子に見えた。


「生きている可能性はある、だが、それもいつまでもつかは知らん・・・・・・」

「で、でも、今からでも母さんを追いかければ」


「ほぉ、母親がどこに行ったのかがわかるのか?」

「い、いやわからないけど」


「そうか」

「でも、一体どうしてこんな事に、僕達が一体何をしたっていうの?」


「まぁ、子どもには酷な話だろうな」

「何の事?」


「ドッペル家といえば言わずと知れた悪名高き家系だ。加えて、お前の祖母にあたる《リヴィエラ》に至っては世界を揺るがす大事件を引き起こした大罪人といった所だ、世界中から恨まれても仕方がない」

「そ、そんな話、聞いたことないよっ」


「お前の様はまだ子どもだ、聞かされていないのは当然だろう」

「じゃあ僕達のせいでこの村が焼かれてしまったっていうの?」


「誰のせいなどと言い出したらきりがない、ただ言えるのは村を焼かれて村人共は死んだという事だ。そして、それをやったのは人の命を軽んじる、人の形をした何か」

「・・・・・・な、何なのそれ」


「まぁいい、所でお前はいくつになった」

「え、八歳だけど」


 唐突な質問に僕は無意識に応えてしまった。


「そうか」

「おじさん、それがどうしたの?」


「八年間、俺の元で修業しろ」

「え?八年?修行?」


 唐突な提案に訳が分からなかったのだが、おじさんはいたって真面目な顔をしながらそんな事を言っており、ただでさえ混乱している頭が更にこんがらがった。


「そうだ、行方不明者が死亡扱いになるのは七年らしいからな、七年はここで身を隠しながら修業して、残り一年で完成させる。むしろそうするしか生き残る方法はないだろう」

「待ってよ、そんなの嫌だっ」


「どうしてだ」

「そんな暇があったら僕は母さんを探しに行くっ」


「はぁ、お前の様なガキが外界に飛び出せば、魔物に食われるか行き倒れるかの二択だっ」

「魔物?」


「そうだ、この森には魔物がたくさんいるんだぞ、お前なんてイチコロペロリだ」

「ま、魔物なんて、そんなの見た事ないっ」


「それは、お前は子どもだから何も知らないだけで、大人達が必死に守って対策してくれていたんだぞ?」


「そ、そうなの?」

「そうだ、無知な子どもはこれだから困る」


「で、でも・・・・・・だからってなんで八年も修行しなきゃいけないの?」

「七よりも八の方がドッペル家にとっては縁起がいいんだ、これはちゃんと覚えておくんだな」


「そ、そんなのどうでもいいよ」

「どうでもよくない、さぁ今日から始めるぞ、まずは食料の入手方法からだ。こいつはお前にとっちゃ一番大切なことだからな」


 おじさんはこれだけの光景を目の当たりにしているはずだというのに、どこか平然とした様子で変な事を言い出した。

 おじさんの変な話に耳を傾けながら、僕は村を見渡していると、ふと視界に泥田等が何かを引きずっている姿を見つけた。

 

 それはおそらく村の被害者であり、その人はぐったりとした様子を見せていた。


「ま、待ってよおじさん」

「なんだ、あまりの衝撃にまだ現実が受け止められないか?」


「む、村の人たちはみんなもう助からないの?」

「現時点で生存者はいない、助けるにしてもお前じゃ何もできん」


「じゃ、じゃあ、せめて村の人たちを弔わないと」

「おやおや、ドッペル家の人間にしては随分と温情があるものだな」


「ここの人達にはたくさんお世話になったんだ、せめて何かしないと」

「そうか、なら村内の村人でも弔っておけ」


「でも、近くにもたくさん亡くなった人たちがいるんでしょ」

「おや、そっちに行く勇気があるのか?」


 おじさんはからかうように僕の顔を見て笑った。


「な、何が言いたいの?」

「いや、お前に見れたもんじゃないだろうと思ってな」


「どういう意味?」

「この世は意外と恐ろしい、お前の祖母がやった事なんかよりもはるかに残酷で愛のない世界だという事だ」


「おじさんが何を言いたいのかわからないんだけど」

「・・・・・・うむ、いやまぁいい、ちょうどいい修行にもなるかもしれんしな」


「修行?」

「疑うつもりはないが、お前の素質も見ておきたい、そらついてこい」


 僕はおじさんに連れられて村から延びる道なりを歩いていると、泥田等と呼ばれる泥人形の人達が数人立っていた。

 彼らは僕達に気づくと、どこか腰を低くして頭を下げてきた。そして、彼らのそばに多くの人が転がっており、それらは無造作に転がっていて動くことはなかった。


「あぁ、そういえば名前を聞いていなかったなドッペル家の血縁者」

「おじさん、今それを聞くの?」


「いいだろう別に、思いのほか落ち着いているみたいだからな」

「・・・・・・ただ混乱しているだけだよ」


「そうか、で名前は?」

「僕の名前はジュリアス・ドッペル、母さんや親しい人からはジュジュって呼ばれてる」


「そうかジュジュ、ならお前の目にこの光景はどう映る」

「ひどいよ、知ってる顔がたくさんある」


 ひどい光景なのは一目でわかる、でもあまりにも現実感がない光景なだけに僕はこれといった感情が沸き上がってこなかった。


 それに、目の前の光景に映るのはひどい光景だけではなかった。


「残念ながらこいつらはもう死んでいる」

「・・・・・・うん」


「他に見えるものはあるか?」

「よくわからないものが、たくさん浮かんでる」


「もう少し、詳しく言え」

「ゆらゆらとした優しい光が飛び回ってる、とてもきれいに見える」


「それが見えたのはいつからだ」

「詳しくは覚えてないけど、小さい頃。でも、母さんには誰にも言うなって強く言われてた・・・・・・でも、今言っちゃった」


「気にするな、それこそお前がドッペル家の血筋であるという証拠であり、お前に宿る力だ」

「僕の力?」


「ドッペル家には代々霊視の力が受け継がれる、お前は間違いなく魂を見る力を持っている」

「これが魂なの?」


「そうだ」

「これは、他の人には見えないものなの?」


「一部の人間のみが見える」

「おじさんも見えるの」


「当然だ」

「そうなんだ」


「あぁ、それにしても残酷なものだな人間というのは。我々は同じ姿形をしているはずなのだが、中身がこれほど違うとはな。

 しかし、それこそが魂という存在を認知するきっかけだと俺もかつて気づかされたものだ」

「魂の違い?」

「そうだ、だからこの魂をよく見ておけ」


 そうして、僕は大切な村人の死体から湧き出る魂を見ていると、それらが僕の元へとふわふわと飛んできた。

 それは、まるで僕を取り囲むかの様に優しくフワフワと舞って見せると、突如としてそれらは散りぢりになって森の中へと消えて行ってしまった。


「あ、行っちゃった」

「魂とはいっても、あの様に小さいものには力も意志も無い、お前だと分かっていたかどうかもわからないな」


「でも、僕の近くに来てくれた」

「そうだな、だから忘れるなジュジュ、あいつらはお前を守ってくれた大切な恩人だ」


 大切な恩人、間違いなくそうだろう。


 そんな事を思っていると、まだ僕の近くにいた魂の一つがまるで何かを伝えるかのようにふわふわと動き回りながら一人の遺体の元へと向かっていった。


 その様子を見ていたおじさんは村人たちの遺体の一人から、何かを拾い上げた。それは旗の様なものであり、それには真っ黒な鳥を中心として剣と盾が描かれたシンボルが描かれていた。


「おじさん、それは何?」

「おそらくこの火事を引き起こした奴らの手がかりだろう、お前も覚えておくがいい」


 そういうとおじさんは旗とシンボルをしっかりと見せつけてきた。僕はそのシンボルをしっかりと目に焼き付けた。


  忘れることはない、いや、絶対に忘れる事なんてできないだろう。 


「おじさん、ちなみに飛んで行った魂はどうなるの?」

「この世界をさまよい続け、どこかでこの世の糧となる」


「みんな死んだらあぁなるの?」

「それは、お前が俺と修行をする決心がついた時にすべて教えてやる」


「・・・・・・ケチ」

「なんとでも言え、とにかく遺体は泥田等に任せるとして、お前はどうするジュジュ?」


「どうするって、何を」

「無謀にも母親を探してこの広い世界を旅するか、俺のもとでドッペル家と死霊術についての知識を学び一人前の男になるか。もちろん、お前が望むなら他の道もあるだろうがな、その道を進む時に側に俺はいない」


「・・・・・・」

「なんにせよ、強くならなければこの世界を生き抜くことは難しいという事だ、強さが無ければ行きたい道を歩むこともできない」


 おじさんの言葉はどこか説得力のある言葉に思えた。


 そして、自分自身がどれだっけ小さく弱い存在であるという事も今回の事で思い知った。


 大切な村の人に守られ母親に守られ、今もこうして知らないおじさんと不思議な存在に助けられている。


 そんな僕が今この瞬間に外の世界に飛び出した所でできる事なんて無いのかもしれない。そう思うとおじさんの言っていることを信じるべきかもしれないと思えた。


「わ、わかったよっ、おじさんと修行すればいいんでしょ?」

「そうだ、わかればいい」

 

 そうして、僕はおじさんの言う通りにこの村で身を隠し修行を行う事を心に決めた。もちろん母さんの事は気になるけど、僕にできることは昨日よりも今日、少しでも強くなる事が必要だと思った。

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