悪役貴族の孫、邪悪の運命を享受して墓荒らしに奔走する。

酒向ジロー

第1話 燃え盛る火と湿地の大木の根元で

 草木も眠る深夜の事だ、僕は唐突に母さんにたたき起こされると、そのまま手を引かれて母と一緒に家を飛び出した。


 その瞬間、眠気が一瞬で吹き飛ぶような熱気と息苦しさが、鼻と喉を強く締めあげて来た。


 目の前は赤い炎と黒い煙がユラユラとうごめいており、それらは、まるで目と口がついているように怪しく笑った表情を見せているように見えた。


 まるで、怪物でも襲って来たかのような状況の中、近くにいた村の男の人が僕と母さんに向かって「逃げろっ」と叫んできた。

 

 母さんは僕の手を強く握り、二人で家から離れた。僕達は必死に走りながら村から出ようとしていると、ふと、僕の手を引く母さんが立ち止まった。


 立ち止まる母さんの視線の先には、逃げ遅れた様子の少女がいて、彼女は泣きながら助けを乞うていた。すると、母さんは突然振り返り、しゃがんで僕と視線を合わせてきた。


「ジュジュ、この先にある湿地帯の大木へと向かいなさい、そこならこの火も追ってはこれないでしょう」


 母さんは火の手のない森を指さしながらそういった。 


「え、母さんは一緒に来ないの?」

「私は逃げ遅れた子どもと一緒に後を追います、だからジュジュ、先にお行きなさい」


「でもっ」

「大丈夫、母さんも絶対に後から追いつくから、ねっ」

「うん、わかった」

「良い子ねジュジュ、愛してるわ」


 母は僕の体をぎゅっと抱きしめた後、母は僕の体を湿地のある方向に向けて背中を軽く何度かたたいた。


「さぁ行きなさい、ジュジュッ」


 僕は母の言う通りにこの先にあるであろう湿地帯の大木を目指した。


 一心不乱に走っていると、月明かりと村から上がる火に照らされた湿地帯の大木が見えた。そこは村の騒がしさとは違い、恐ろしいぐらいに静かに思えた。


 ぬかるむ足元と薄暗い状況におびえながらも、大木のそばまでたどり着いた。そしてその場で振り返ってみると、そこから見えたのは森を隔てて見える真っ赤な空だった。


 まるで夕焼けの様な光景の中、僕は母が来ることをただひたすらに待っていた。だが、いくら待てども母が来ることはなく、更には村の人たちでさえ一人も逃げてくる事はなかった。

 不安に押しつぶされそうになる中、僕は母の事がどうしても気になり、村へと戻るべく大木を離れようとした瞬間、腕を掴まれた。


「うわぁっ」


 思わず情けない声が出しながらも振り返ってみると、そこには見覚えのない人の姿が立っていた。その人は黒髪長髪でひげ面のおじさんであり、おじさんはわずかに驚いた表情をしているように見えた。


「な、なんだよおじさん、離してよ」

「だめだ、火の手はもうすぐそこまで来ているぞ」


「でも母さんが、母さんが来てないっ」

「いや、お前を行かせるわけにはいかないな、ドッペル家の者よ」


「ど、どうして僕の名前を、おじさんは誰?」

「昔ドッペル家に仕えていたものだ、お前のその首にかけられたネックレスはドッペル家に代々伝わるものに違いないはずだ」

「え、ネックレス?」


 僕はすぐさま胸元を確かめると、確かに僕の首にはネックレスがかけられていた。だが、こんなものをつけているなんて身に覚えがなかった。


「そうだ、だからお前を火の海に戻すわけにはいかない」 

「で、でもどうしてそんな人がここに?」


「ここはドッペル家が所有する土地だ、いてもおかしくはないだろう」

「・・・・・・そう、じゃなくてそんな事よりも母さんが来ないんだ、早く助けに行かないと」


「ダメだ、ここで待て」

「でもっ」

「起きろ泥田等っ」


 おじさんは唐突によくわからないことを言い始めた。それが一体どういう意味なのかは分からないけど、おじさんの視線は僕ではなく大木を囲むように存在する湿地帯に向けて行っているように思えた。


 すると、大木を取り囲む湿地帯がゴボゴボと音を立て始めた。


 一体何が起こっているのかわからないまま耳を澄ませていると、湿地帯から泥の塊が湧き上がってくるのが見えた。

 そして、それらは人型になって見せると、わずかに僕の方を見てくるような様子を見せた。


 すると、おじさんは僕を泥人形の前へ突き出すと、声を上げた。


「この者は、我らが主ドッペル家の血族である」


 そのうちの一人の泥人形がゆっくりと僕の方へと歩み寄って来た。


「あ、あの、おじさんこれは一体」

「恐れるな、この者たちはお前に仕える者達だ」


 僕に歩み寄ってきた泥人形は僕から数メートル離れたところで動きを止めるとまるで膝まづくかのようにしゃがみこむと、泥人形は喋り始めた。


「お目に書かれて光栄です、我ら泥田等一同がドッペル家の土地を荒らすよそ者を追い払って見せます」


 そういうと、泥人形達はゆっくりとした動きではあるが大群で湿地帯を抜け出して火が燃え盛る村の方向へと進んでいってしまった。

 信じられない光景を前に思わずぼーっとしながらも、僕はこの状況についての説明が欲しかった。


「おじさん、あの人たちは一体?」

「奴らはかつてこの地に生きた村人たちだ」


「どうしてそんな人達が」

「死霊術の一種だ」


「死霊術?」

「そうだ、奴らはドッペル家の眷属としてこの地を守る守護者だ、奴らに任せておけばいい」


「でも、母さんが」

「いつまでもわがままを言うな子どもだな、それにお前はもう限界だろう」

「え?」


 おじさんの言葉が聞こえたとたん僕の視界はグラグラと揺れ始め、僕はそのまま気を失ってしまった。

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