第21話「深夜の訪問者」

 時刻は夜の十時を回った頃だった。


「いや、驚きました…」

「まさかこんな遅い時刻に…帝都民生局の方が、直々に視察に来られるとは…」

「突然の訪問をお許しください。先程まで別の業務で忙しくしていたもので。話のわからぬ相手との交渉は、本当に面倒な仕事でしてね…」

 民生局管理官を名乗るその男は、いかにも疲れた様に眉間に手をやり、目蓋の辺りを押さえた。だが直ぐに顔を上げると、目の前の作業長にニヤリと笑いかける。

「いやいや。この発電装置には以前からとても興味があったのです。是非ともこの目で直接拝見したいと思いましてね!」


 ここは、オバケ煙突を擁する千住大発電所の工事現場である。帝都随一の火力発電所である千住大発電所は、増加する帝都の電力需要に対応する必要に迫られていた。その対応策として、〈新型発電施設〉の建設を昼夜を問わず進めていたのだった。

(民政局員にしてはハイカラだな…)

 対応している現場の作業長はそう思った。作業長は、いかにも叩き上げの職人といった風情で、小柄で体格が良い中年の男だ。対する管理官を名乗る男は、ひどく痩せていて背が高く、頭だけ妙に大きかった。青色の背広に山高帽を目深に被り、ステッキまで持っている。

(なのに…存在感がないヤツだ)

 目の前にいるはずなのに、その男からは人の気配がしてこない。作業長は、まるで電柱と話している様だと思った。そして、男が右手にかざしている携帯端末の画面を確認する。

(間違いない…か)

 その画面に表示されている英数字の文字列を、作業長は自分の携帯端末で読み取る。照会結果は、この男が確かに民政局管理官であることを示していた。

「発電装置に興味が?」

 携帯端末を肩にかけ直しながら、作業長は管理官を名乗る男に尋ねる。

「そうです。そうです。世紀の新技術、〈電慈でんじ発電装置〉というものを!」

 管理官は、やや興奮気味に答えた。

「そういう民生局の方には、初めてお会いしましたよ」

 作業長は、まだ半信半疑であることを隠しもせずに長身の管理官を見上げる。

「民生局からは、実際に発電できる電力量と工事の進捗の質問ばかりでしたからね。それも、電話や書面での連絡で直接現場を視察には…」

「不都合であれば出直しますが?」

 言っている言葉とは対照的に、管理官の態度は高圧的だった。

(こんな時間に来ておいて、よく言うよ…)

 作業長は、管理官から目の前の光景に視線を移した。

 作業長と管理官の前には、横倒しになった巨大な円柱の様な物体が沢山の照明に照らされていた。その周囲を、大勢の作業員達が忙しく動き回って作業を続けている。作業長は、その巨大な発電装置を指差して事務的に説明を始めた。

「すでにご存知の通り、この装置は帝都大学院の協力により実現しました。あなた方、帝都民政局が取り組んでいる産学協働というヤツです」

「ご本人の希望でお名前は伏せますが、帝都大学院の博士による論文を基に開発されました」

「ふむふむ」

 管理官は、相変わらず微笑みを絶やさず作業長の説明を熱心に聞いている。

「〈電磁発電装置〉は、増加する帝都の電力需要に応える最新技術です」

「現在は『火力発電の補助設備』という位置付けになっていますが、実際には実働可能な完成度です」

「しかし全く新しい装置なので、当面は出力を三割程度に抑える予定です。しかしながら、全力稼働すれば火力発電を超える発電能力を有しております。よって安全性が確認され次第、火力発電から電磁発電に切り替える計画です」

 早口で説明を終えた作業長は、満足そうに頷いている管理官を少し気味が悪く感じていた。すかさず、管理官が微笑みながら尋ねる。

「拝見したところ、もう出来上がっている様に見えますが?」

「はい。工事はほぼ完了しており、来週からは試験運転を開始する予定です」

「そうですか!そうですか!」

 満足げに微笑む管理官に、作業長は皮肉を込めて尋ねる。

「しかし、既に報告書でお伝えしてある情報ですが?」

「はっはっは!申し訳ありません。担当官からまだ詳細を聞かぬまま参上した次第でしてね」

 管理官は声をあげて笑いながら言った。そして、作業長に向き直って小声になる。

「ところで…」

 作業長を見据えるそのニヤけた管理官の顔が、一瞬だけ真顔になった。

「何か、異常は見当たりませんか?」

 作業長は、少し気圧されながらも落ち着いて答える。

「現状、計画に若干の遅れはありますが、安全には万全を期しております」

 管理官はまた微笑むと、右手を顔の前で左右にヒラヒラと振りながら言った。

「いやいや。工事の進捗のことではありませんよ。何かこう、不審者とか、そういう異常はありませんかね?」

(まるで警備に不手際でもある様な言い方しやがる!)

「警備体制も万全です!帝都防衛軍の協力もいただいておりますので!」

 作業長は不愉快さを隠さずに言い返した。すると管理官は、人外の様な不気味な笑みを浮かべて作業長に顔を寄せて尋ねた。

「特技師団に、協力要請は?」

 その異様な表情に、さすがの作業長も背筋に冷たいものが走った。

「と、とくぎし?何ですかそれは?」

「そうですか。それで安心しました」

 寄せていた顔を離して、元の姿勢に戻った管理官が満足そうに微笑んでいる。ゾッとした作業長は管理官から思わず目をそらすと、肩から下げていた自分の携帯端末を手に取る。

「た、大変恐縮ですが、念のためこの視察について民政局に確認を…」

 そう言って管理官に向き直った作業長は呆然とする。

「えっ?」

 そこに立っているはずの管理官が忽然と姿を消していたのだ。

「消えた?…」

 作業長がそう呟いた時だった。


 グゥウォオオオオオオオオオン!

 突然、機械が動き出した様な大音響が響いた。

「な?」

 作業長はその光景に絶句する。目の前の〈電磁発電装置〉が、巨体を揺がして動き始めたのだ。

 フッ!

 それと同時に、作業現場の明かりが突然消えた。

「おい!明かりが消えたぞ!どうした!」

 轟音を上げる発電装置に負けぬ作業長の怒鳴り声が、光を失った工事現場に響いた。

「作業長!て、停電のようです!外も、街も真っ暗です!」

 暗がりの中で、作業員の声だけが響く。

「な、何だと?外まで?」

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