第15話 オルガの想い
「いつまで起きているんだ? 明日の行動に支障が出るぞ」
俺の言葉にオルガが振り返ると、表情を曇らせた。
「あんた何か急に偉そうになってない? アスガルド城に居た時は、縮こまってなよなよしてたくせに」
「え、そうかな?」
「そうよ」
俺の疑問にオルガが即答する。
自分では気づかないが。
きっと自分にしか出来ない使命感が急に出てきて、それが態度に出ているのだろう。
それは、自信に近いかもしれない。
ここ数年引きこもって生きてきて、全く感じなかった自信が。
俺は思わず、夜空を見てニヤニヤしてしまう。
だが、そんな俺をオルガが嫌な顔して見ていたのですぐに止める。
「魔王の務めを果たすって何をするか分かっているの?」
「ああ、いや‥‥‥。ひとまずアスガルド城と人質を奪還したら、ヴェルニやメイビスから教えてもらうよ」
軽い調子で答える俺をオルガが睨みつける。
「そんな簡単なことじゃない。10年も引きこもっていたあんたには分からない。あんたは時が経って変わってしまった私達のことも、この世界のことも何も知らない無垢な子供同然」
中々鋭く突いてくるなあ。
まあ、その通りだから。何も言えないけどね。
「‥‥‥幼い時に私と交わした約束も、もう覚えていないんでしょう?」
オルガがどこか寂しそうな顔で俺を見てくる。
約束?
何のことだ?
だが、勘の良い俺はピーンと気づいた。
これが、オルガがアルドに厳しい理由に違いない。
ギャルゲーもそこそこ極めた俺の勘がそう言っている!
でも、アルドの記憶が無い俺は、当然その約束を知る由もない。
何とか、オルガから当時のことについて聞きださなければならないな。
オルガは色々と思考を巡らせている俺を見て、深く溜息をついた。
「本当にあんたは変わったわね。まるで、アルドじゃないみたい」
「え」
その言葉に、俺に固まってしまった。
まさか、オルガにもバレた?
俺が冷や汗をかいてしどろもどろしていると、オルガは再び溜息を吐き、ゆっくり立ち上がる。
「もう、寝るわ」
そう言い残して、隠れ家の元へ降りて行った。
取り残された俺は茫然として立ち尽くす。
何とか聞こうと思ったけど、行っちゃった。
しかし、弱ったなあ。
この約束ってのが、おそらくオルガとの信頼を取り戻す大きな一手となるのは間違いなかった。
「そんなに知りたければ、教えて差し上げましょうか?」
う~んと頭を抱えていると、背後から急に声がした。
「ご主人様?」
「ひょわ!」
俺は驚いて、飛び上がってしまう。振り向くとそこにはヴェルニが立っていた。
「ヴェ、ヴェルニ!? いつからそこに?」
「うふふ、最初からいましたよ」
月明りに照らされて、ヴェルニの不気味な笑顔が怪しく光る。
まったく、何だか出会ってからヴェルニには惑わされてばっかりだな。
「敬愛するご主人様のことですから、食事をされている時も、入浴されている時も、熟睡している時もそばで見守っていたくなるんですよ」
ヴェルニが本気かどうか分からない言葉を口にする。それは、もはやストーカーじゃあありませんか?
彼女の言葉に惑わされて、俺は黙ってしまっていた。
「ご主人様、冗談ですよ」
何か冗談に聞こえないんですけど?
俺は顔をひくつかせながら、無理矢理笑顔を作る。
すると、ヴェルニはすっと真面目な顔つきになり、オルガとの約束について説明し始めた。
「あなたがどこの誰であるのか私には分かりません。ですから、一から説明しなければなりませんね。まず、アルド様とオルガは同い年であり、幼少期から親交のある幼馴染でもあります」
このあなたという単語から完全にアルドではなく、魂が乗り移っている俺自身に向けて発している言葉であることがヴェルニの口調から伺えた。
初めてヴェルニが転生する前の前世の俺に向けて話している。
それにしても、オルガと幼馴染とは!
またベタな展開だな。
突然のギャルゲー的な展開にテンションが上がっている俺を訝しみながら、ヴェルニが続きを話し始める。
「オルガの本心は彼女自身しか知りえませんが、幼少期にアルド様がオルガと魔王城の中庭で遊んでいた時のことです。オルガはアルド様に向けてある日こう言われたのです。『大きくなったら一緒に肩を並べ、この魔族の国を共に支えて生きていこう』と」
二人の間に一瞬の沈黙が訪れる。
俺はヴェルニの言葉を理解するのにしばらく時間が掛かった。
森の囁く音だけがざあざあと聞こえてくる。
「え、何? 今の説明からすると‥‥‥オルガが幼い時からアルドに恋してて、さり気なく告白してたってこと?」
ヴェルニに詳しく状況を聞いてみる。
「さあ? そういう意味が含まれていると思っても不思議ではありませんが、当時からいけ好かないませたガキでしたよ!」
ヴェルニは腕を組み、露骨に嫌な顔をしてはんっと大きく鼻を鳴らす。
何かオルガのことになると口が悪くなるなあ、この人。
「アルド自身はその言葉の意味に気づいてたの?」
「どうでしょうかね。なにせ、アルド様も幼ったものですから。アルド様もその返事に『うん!』とは返していましたが。多分、その言葉の真意には気づかれていない様子でした」
ヴェルニが顎に手を当てて考え込みながら答える。
まあ、その年齢から推測するなら、気づいていなかったとしても仕方のないことかもしれない。
そうだとしても、だ。
アルド‥‥‥てめえ!!
おま、そんな大事な幼馴染イベントを放棄してたのかよ!
俺だったら告られた瞬間、嬉しすぎて泣いちゃう自信あるのに。
オルガがアルドを嫌う背景がやっと分かった気がする。
おそらく、彼女はアルドに裏切られたと強く思い込んでいるに違いない。
魔族の為に戦わず、城に引きこもっているアルドを見て、心底失望したのだろう。
そうだとすると、やっぱりオルガの信頼を取り戻すのは中々骨が折れるな。
俺がオルガ攻略の無理ゲー感に頭を抱えていると、ヴェルニが唐突に話題を変えてくる。
「ところで‥‥‥」
ヴェルニが声のトーンを低くして、俺に質問してきた。
「隠れ家でのあなたの発言なのですが、心底驚きました。自ら率先して、我ら魔族に力を貸すとは。私の見立てでは、あなたは私達から逃げ出し、人間共に助けを求めるのではと思っていましたが」
「え」
あっりゃ~、バレてたの?
だ、大丈夫?
表情に出てない?
何とかごまかそうとぴゅ~と口笛を吹いてみたりする。
何とも間抜けな姿だ。
そんな滑稽な仕草をする俺を真剣な眼差しでヴェルニが静かに見つめる。
「どういう心境の変化ですか?」
彼女の射貫く視線に気圧されて、これはごまかしきれないな諦めて降参するポーズを取り、両手を上げる。
「俺は、この世界では魔族が悪で、人間が善だと決めつけてたんだ。まあ、当然だよな。俺が今までやってきたゲームは大体そうだったから。でも、話を聞く限りだと現実は違った。人間側が魔族をむやみに殺し、世界を牛耳ろうと目論んでる。俺は、あんた達を殺す為に転生してきたんじゃない。俺は
うっかり『転生』という言葉を使ってしまったが大丈夫だろうか?
俺はヴェルニの表情をそっと伺う。
しかし、ヴェルニは神妙な面持ちで俺の話を聞き、小さく頷くだけだった。
「私にはそのゲームというものはよく分かりませんが‥‥‥。あなたのことは少しは理解できました気がします」
「もしかして、俺の正体にもう気づいてる?」
「おおよその検討はついていますが、ここでは深堀しないでおきましょう」
ヴェルニは目を細めて、真っすぐ俺を見る。
その鋭い視線に思わず唾を飲み込んでしまった。
「あなたが、こちらの味方である以上詮索はしません。私はあなたがアルド様の肉体を使い、アルド様を装ってその圧倒的な実力を証明出来るのであれば、最大限それを利用させていただくまでです」
「‥‥‥俺が実力でヴェルニをねじ伏せるってのは考えないのかい?」
ここでヴェルニは目を閉じ、ふうっと息を吐いた。
そして、豊満な胸にそっと手を置いた。
「なぜですかね? あなたからそういった悪意を全く感じないのですよ。この者にならこの重荷を任せられる。あなたの安らかな心にふっと肩を預けてしまいたい。そう思う自分がいるのですよ。まあ、逃げようとしていたことは事実でしょうが。いざとなったら私達魔族を身を挺して助けてくれる‥‥‥。そんな根拠のない自信が私の中にあるのです」
ヴェルニが胸の前で祈るポーズを取る。
俺は、頬をぽりぽりと掻いた。
そんな風に思われてたら裏切れないじゃないか。
見捨てられないじゃないか。
そんな俺の困惑した表情を見たヴェルニは静かに微笑む。
「では、アスガルド城奪還についての作戦は明日、オルガと考えましょうか、ご主人様」
いつの間にか、『ご主人様』呼びに戻るヴェルニを見て俺は思わず苦笑してしまう。それを見て彼女は笑い返す。
そして二人は、ゆっくりと草地の展望台を降りていった。
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