第14話 この世界の歴史と俺の決意

「そもそも、何でこんなに魔族と人間は敵対しているんだろう?」


 そんなのは聞くまでのもなく、ゲームの中では大抵魔王が人間を滅ぼそうとしているからだとか、魔族側が悪として描かれてことが多い。


 だけど、あの人間兵の態度を見ているとそういう風に思う事ができなかった。

 俺の言葉は独り言に近かったけど、ヴェルニとオルガにはしっかり聞こえていて二人共不思議そうに俺を見てくる。


「あんた、そんなことも知らずに戦場へ来たの? いくら長い間引きこもってたからって常識無さすぎるんじゃない?」


 呆れた顔をしたオルガだったが、察した顔をするヴェルニは俺のこの問に答えてくれた。


「では、説明しましょうか? 魔族と人間達とのこれまでの戦いの歴史を」

「う、うん。宜しく頼むよ」


 あれ?

 もしかしてヴェルニさん‥‥‥俺が転生者だって気づいてる?


 脇に変な汗が出てきた。

 だが、ヴェルニは冷や汗かいている俺にはお構いなしに説明を始めた。


「簡単に説明しますが、人間と魔族の戦争の始まりは初代魔王様の時代まで遡ります。戦争が始まる前は、丁度世界の半分ずつ領土を持ち、お互いあまり干渉せず平和に暮らしていたのです。しかし、その当時の人間の国王がその平和を突如として破壊しました。その国王は禁忌とされた『勇者召喚』を突如として使い始めたのです。勇者とは魔族を討ち滅ぼすことに特化し、肉体を魔力改造された人造人間。一人作るだけでも多くの人間を生贄にする必要があるそうです」


 隠れ家の床の下から取り出した物資の中には、ところどころ寂れているが今でも十分使えるランタンも置かれていた。俺はそのランタンをひっぱり出し、明かりを灯す。


 日は完全に沈んで空は暗くなり、隠れ家の崩れた壁の隙間と割れた窓から月明りが優しく差し込んでいる。

 同時にランタンの火がゆらゆら揺らめき、その姿を見ながら俺は静かにヴェルニの話に耳を傾けていたのだが。

 正直、人間側の話にはぞっとさせられるものがあった。


 やっぱりこの世界にも勇者召喚と呼ばれるものがあるのか。

 転生物としては、ある意味定番ではあるが‥‥‥。


 しかし、その『勇者召喚』というのもかなりのリスクがあるんだな。

 生贄とは‥‥‥。


 ヴェルニは言葉を一度切り、俺の理解が追い付くのを待ってから説明を続けた。


「人間達はこの勇者の力を使って、魔族の領土に攻め込みました。奴らの猛攻により魔族の領土はどんどん縮小し、我々は世界の隅に追いやられていったのです。初代の魔王様は、この人間の暴挙に対策を立てました。魔族を殺す、魔族の力を無効化する魔法を使う勇者に対抗して自身で新たな魔法を生み出します。それが、重力魔法です」


 俺は、右手を軽く握ったり開いたりして自分の中にある魔力に意識を集中させた。 

 この力は、魔族を守る為に生み出されたものなのか。

 アルドに託された力とその重圧が今の説明から少しは理解できた気がした。


「しかし、この魔法は魔王以外扱うことが出来ませんでした。なので、魔王自ら指揮を執り、前線に出ることが多くなっていきます。強力な力を持つ勇者を倒すことは出来ましたが魔王様は、日に日に疲弊されてしまいます。そして、ある日味方を庇って人間の兵士の攻撃を受け、絶命してしまいます」


 ヴェルニが、苦しそうに話すのが分かった。

 何百年も前の話だというのに―――

 俺はヴェルニの苦痛な表情に違和感を覚える。


「あんた、本当に何にも知らないのね。ヴェルニは四天王の中で唯一初代の魔王からこれまで長く仕えてきた魔族なのよ」


 不思議そうにしている俺をオルガが横目に見ると、ヴェルニの過去を分かりやすく簡単に説明した。


 これは本当に驚いた。

 まさか、ヴェルニがそんなに長生きだったとは。

 おそらく初代魔王が討ち倒された記憶が長く焼き付いているんだろう。


「ええ、そうですね。話に戻りますと、両方とも切り札を失った二つの勢力は、このまま何百年も決着が着かないまま、長い戦争が続きます。人間達は『勇者召喚』を使えなくなったそうで、これ以降『勇者』と呼ばれた人物は表れませんでした。しかし、その『勇者』の残した魔族に対抗する技術や知識は向こうに継承されていて、今も我らを苦しめています。魔族は奪われた領地を取り返す為に日々、戦い続けています。私達が望んでいるのは、人間達を征服することではありません。はるか昔に奪われた地を取り戻せればそれで良いのですよ」


 成程な。

 と俺は納得した。


 この話が事実ならば、どう考えても悪いのは人間側である。

 隙を見て魔族の土地から逃げ出し、この世界の人間に助けを求めようと考えた時もあったけど、今の説明ではとてもじゃないが、俺は人間側に肩入れしようとは思わえなくなっていた。


「そして、先代の魔王様は亡くなる直前まで戦闘の指揮を執り、人間軍を食い止めていた。ご病気で息を引き取るまでね」


 オルガがさらに説明を加える。

 今の言葉には、アルドへの非難が含まれていた。

 

 こういう目で見られるのは段々慣れてきている自分に気づく。

 これは転生した俺じゃなくて、それまでのアルドの行いが問題なのだが、ここでオルガにそのことを説明するだけ無駄であった。


 大事なのは、これから何をするか。

 何を彼女らに示していくのかである。


 段々と自分の中でとある決意が沸きあがってくる。

 これまでの自堕落な生活をしていた自分からは考えられない熱い想いだ。


「今まで、迷惑をかけてすまなかった。俺は魔王としての責任を放棄していたのだ。これからは魔族の為にこの力を尽くすと約束するよ」


 俺は二人に頭を下げ、謝罪する。

 急な俺の態度の代わりように二人は困惑した。オルガよりもヴェルニの方が戸惑っている。


「‥‥‥言うのは簡単よ。でも、私はあんたを指導者として認めてないんだからね」


 ぷいと俺から顔を背けると、オルガは隠れ家の崩れ落ちた壁から外へすたすたと出ていってしまった。

 

 残された俺とヴェルニの間にしばし沈黙が流れる。ヴェルニは何か言いたそうだったが、それを喉の奥に飲み込み、俺に優しく喋りかけた。


「さ、ご主人様。もう夜遅いですから、寝る準備を整えてください」

「ああ、そうだね。見たところベッドとか無さそうだけど。まあ、寝れるなら腐った木の床の上でもいいや」

「私が膝枕してさしあげましょうか?」


 ヴェルニが冗談交じりに甘い提案をしてくる。


「それは、いいや」


 俺は、その提案を跳ね除けて、腐った木の床の上に寝転んだ。ミシミシと音を立てたが、床が抜ける訳でもなさそうだったので、そのまま安心して寝た。














 どれくらい寝ただろうか。

 緊張であまりうまく寝れなかったのか、目を開けるが外はまだ暗かった。


 俺はゆっくり起き上がって、辺りを見回す。近くでヴェルニが座りながら寝ているのが見えるが、オルガの姿がない。


 もしかして、まだ帰ってきてないのか?

 隠れ家の崩れ落ちた壁から外に出てオルガを探しに行った。

 

 隠れ家のある山の麓から、少し山の坂道を上ると近辺の森を一望できる草地で出来た小さな展望台に辿り着いた。

 その展望台に腰を下ろして座るオルガの姿を見つける。


 何か、近寄っちゃいけない雰囲気を醸し出しているけど。

 俺は一瞬躊躇ったが、意を決してオルガに接近する。


 いずれ、彼女とも和解しなければならないのだから。

 自分にそう言い聞かせた。

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