第12話 オルガを助太刀したい

『古き血族の王の大鎌』


 オルガが呟く。

 すると、オルガの体から黒い液体が流れ出てきて、彼女の周りを円を描くように包む。

 おそらく、血液だと思われる。


 やがて、それが集まって大鎌へと形を変化させ、固まる。その大鎌の見た目はヴェルニと同様、全身が黒く豪華な装飾が施された気品のある得物だった。刃の付け根の部分には真っ赤な宝石が埋め込まれている。

 オルガが空中で凝固した武器を掴むとそれを手慣れた様子で回転させた。

  

 さらに、自分の頭上でくるくると大鎌を華麗に回す。そんなオルガの姿に俺は魅了され、じっと見つめた。あの大鎌は何度も戦闘に際にそれを振るい続け、手に馴染んでいるのだろう。


 ピタっと大鎌を振るう手が止まる。オルガのその風貌は、様になっていてまさに吸血鬼の女王といったところだった。


 ここで、オルガが横目でちらっと俺とヴェルニを睨みつける。そして大股で、敵の大群の元へ歩き始めた。

 俺は短く溜息をつく。


 こりゃあ、さっきのことかなり根に持ってるな………。

 まるで、『あんた達の手は一切借りないわ!』と無言で拒絶された気がした。


 オルガが四天王の中で随一の戦闘能力を持っているんだとしても、これはまずくないか?

 こう思っているのは俺だけじゃなく、俺の周りにいる魔物の兵士達もオルガを心配し始めた。


「オルガ様! いくら何でもお一人では危険すぎます!」


 声を荒げる魔物の兵士もいたが、オルガは聞く耳を持たない。


「‥‥‥まずいですね」


 横にいたヴェルニが、目を細めて自分の親指を嚙みながら一人呟く。

 ‥‥‥ヴェルニさん、その仕草可愛い過ぎません?


 大人のお姉さんがふとした瞬間に見せる子供っぽい仕草に俺は思わず釘付けになってしまった。

 ってそれどころじゃない!俺はブンブンと首を横に振る。


「あの頑固娘が‥‥‥」


 ぎりぎりと歯ぎしりするヴェルニに俺は恐る恐る喋りかける。


「あ、あの‥‥‥ヴェルニさん?」

「はっ、失礼致しました。ご主人様」


 ヴェルニは我に返って、俺に頭を下げる。

 一旦冷静になった方がいいな。特にヴェルニには指示貰わないといけないから。‥‥‥何か俺は、このメイドさんに頼ってばっかだな。

 自分の情けなさにちょっと腹が立ってきた。


だが、ヴェルニが冷静になるよりも先に周りの兵士達がオルガの名を叫びながら、慌てて城塔から下へと続く石の階段を降り始める。守りを固めていたが、主君の暴走に仕方なく正門開こうとしていた。

  だが、かなり手間取っている。オルガがぐんぐん前に進んでいってしまっていた。


「ここから一気に降りて、あのバカ娘に追いかけましょう」

「あ、ああ」


 ヴェルニがオルガへの苛立ちを隠そうともせずに俺に提案する。

 そして、5メートルを超える側防塔から身を乗り出し、躊躇いなく空中へと飛んだ。俺はあっと声を発するが、ヴェルニは何事もなくふわっと正門前の地面に降り立った。

 

 おお、すげえ!

 この世界なら、身体能力が高ければあんなことも出来るのか。


 「さ、ご主人様も!」

「お、おう」


 俺は側防塔の石塀の上に片足を乗り上げる。

 大丈夫だ、俺。

 重力魔法を操作すればいける。


 この時の俺は、もうやらないという選択肢は考えなくなっていた。

 ちょっとは成長した自分を褒めてほしい。

 

 少し躊躇ってから、側防塔の石塀を乗り越え軽くジャンプする。

 その際にすぐに自分自身に重力魔法を付与する。出来るかどうか分からなかったがとにかくやってみた。


 すると、俺の体はこの世界の重力から解放され、突如身軽になる。その身軽な体でふわっとヴェルニの横に着地した。


「お見事です、ご主人様」

「ああ」


 ヴェルニに褒められるが、俺は彼女を見ずにただ前を向く。

 オルガを止めなくては‥‥‥。

 この使命感はどこから来るのか、今の俺には分からなかった。


「オルガ!」


 俺とヴェルニは懸命に走り、駆け出していた魔物の兵士達よりも早くオルガに追い付く。


「あら、来たのね。城の中で怯えてうずくまっていればいいものを」

「そんな訳にはいかないよ」


 オルガは俺達を一瞥するが、すぐに前方にいる人間達の部隊に目を向け直す。


「あなたいい加減にしなさい、リーダーともあろうものが単身で乗り込んでいくなんて」

「心配いらないわヴェルニ。あ、そうそう。エントランス前では手を貸してほしいなんて言ったけど取り消すわ。あなたの助力もいらない」


 俺達が緊張感なく、敵の前でぎゃあぎゅあ言い争っている最中に人間達の部隊が三人を補足する。


「標的発見! 戦闘態勢に入れ!」


 彼らのリーダーらしき人物が大声を上げると、人間の兵士達は一斉に剣を抜く。魔術師達は、手に持っていた魔法の杖を握り直した。


「相手はやる気満々ね」

「オルガ、少し頭を冷やしなさい」


 敵が武器を構えるのを見て、オルガは自慢の黒い大鎌を握る力が強くなる。

 ヴェルニが注意するが、聞く耳を持たない。


「余計なお世話よ。それに単身切り込むなんてこと今に始まったことじゃないからね」


 それはどういう意味だとオルガに聞こうとした瞬間、目の前から彼女が消えた。

 そして、何時でも対応できるように剣を構えていた最前列の何人かの兵士達が、後方に勢いよく吹き飛ぶ姿を目の当たりにする。


「何だ、何が起こった?」


 敵側が慌てふためく。その上空でオルガが大鎌を構え直しているのを発見する。

 俺も一瞬のことで理解が追い付かないが‥‥‥。


 彼女は凄まじいスピードで最前列にいた敵兵士達を大鎌で容赦なく斬りつけたのだ。オルガは勢いをつけて敵を斬り上げると同時に上空へジャンプしていた。直撃を食らわなかった兵士達も超スピードで発生した風圧で身動きが取れずにいる。


 俺はオルガの圧倒的な身体能力に思わず息を呑んだ。

 俺に襲い掛かってきた時は、本当に手を抜いていたんだな。

 異空間で戦った全力のヴェルニよりも数段素早い。


 俺の横でヴェルニが歯噛みする音が聞こえる。


 空中で、大鎌を後ろに引き、構えを取ったオルガが急降下して、自身の丈程ある得物を地面に叩きつけた。

 たちまち、轟音が鳴り響き、強風で直撃を受けた敵は真横の吹っ飛ばされていく。


「ぎゃあああああ!!」


 前方で何人もの悲鳴が聞こえてくる。

 すげえ、これがオルガの全力か!?

 俺はオルガが敵兵士達を圧倒する光景に目を奪われていると、戦闘を繰り広げている道の両脇の茂みががさがさと揺れ動いていることに気づいた。


「‥‥‥まずいかもしれません」


 ヴェルニも同じく感づいていた。

 やがて、その茂みから、ぬっとクロスボウを構えた兵士が姿を現す。

 

 前方から真っ正直に進軍してきた兵士達は囮か?

 オルガはまだ気づいていない。


 オルガに狙いを定められたクロスボウの矢がシュツと音を立てて発射される。


「危ない!」


 そう叫んで、思わず手を差し出した俺は、重力魔法を放たれた矢に向けて飛ばす。

 重力魔法が直撃した矢は、オルガの背後で急停止した。

 オルガが振り向く。

 自身が進む逆方向に引力を加えられ、空中でぎぎぎっと音を立てて押さえつけらた矢はやがて勢いを失い、地面に落下する。


「それは、まさか重力魔法? あんたいつの間に覚えたの?」


 驚くオルガに俺は頬を掻き、照れ笑いした。

 何か、このシチュエーションにも慣れてきたな‥‥‥。

 そんなことを考えていた時、後方のアスガルド城で大きな悲鳴が響き渡った。

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