第11話 ギャフンと言わせたい

 俺は目の前で狂犬の如く吠えるオルガにタジタジになる。

  

 この美少女が怒る理由は分からないけど何となく分かるんだよな。

 て意味不明なこと言ってる場合か、俺!


 今すぐにでも飛び掛かってきそうな勢いのオルガに、ヴェルニが一歩前に出る。


「はん! その従順なメイドにいつまでも守られてるといいわ!」


 オルガは後ろを向いた。もう俺と顔を合わせたくないのかな。

 アルド‥‥‥、めちゃくちゃ嫌われてるなあ。


「あんたにもう用は無いわ。出て行きなさい」


 オルガが冷たく俺をあしらおうとする。だが、ヴェルニはその言葉を否定した。


「ご主人さまは、あなたを加勢しに来たのですよ。兵を相当消耗しているでしょう?それに、人間共はあなたに対して何か切り札を持っているという情報を掴んでいるのよ」

「加勢? 冗談でしょ? 今さらこの王子に何が出来るっていうの? 奴らに殺されるか、捕まって捕虜になるのがオチよ! 足手まといだわ」


 自分が俺達に心配されていることに、オルガが酷く気分を悪くして声を荒げる。

 特に、俺への当たりが強い。


「それに私の強さは知っているでしょ? 奴らに遅れは取らないわ」

「‥‥‥あなたは前線に出過ぎたの。人間共に手の内を晒しすぎてしまったわ」


 ヴェルニが落ち着いた口調で、オルガに語りかける。

 だが、オルガは納得いかない様子だった。


「ま、まあ、落ち着いて‥‥‥。そんな興奮してたら、冷静に戦えないよ」


 俺は、ヴェルニより前に出て、穏やかにオルガに話しかける。

 しかし、俺のヘラヘラした態度が気に入らなかったのだろう。


 オルガが青筋を立てて、俺に軽い手刀を繰り出してきた。


「今さら、あんたに心配される筋合いはない!」


 俺は軽く驚いたが、すぐに冷静さを取り戻す。

 この攻撃は今までのアルドでは防げなかっただろう。

 強化された肉体は、容易にその手刀を躱す。そして勢いを利用して、いつの間にか俺はオルガを組み伏せていた。


 オルガはぎょっとした顔で驚いている。


「い、いだだだだだっ、ちょっとあんた、痛いって!」

「あ、ごめん。襲い掛かってくるから、つい」


 ん、ああ、いい匂いするな~。

 ヴェルニとは違う、甘い香りが彼女から漂ってくる。

 

 しかし、しばらくそのままの体勢で密着していたので、再びオルガが青筋を立てて、俺を睨んできた。

 

 怖い‥‥‥。

 俺は、そっとオルガを掴む手を離す。


 オルガは腕を擦りながら、俺との距離を取る。以前のアルドからは信じられない身体能力の差に少し驚いている。

 その様子を見て、ヴェルニがニヤニヤしいている。


「どうかしら、オルガ? ご主人様の実力は? あなたの知っている人物とは、まるで別人よ」

「‥‥‥フン! 軽い手刀を躱したくらいでいい気にならないことね」


 オルガが腕を組み、口を尖らせる。

 何か、彼女の仕草が一つ一つが可愛く思えてきた。 

 典型的なツンデレみたいだな。


「でも、あなたの一撃を防いだのは事実。今回の戦いで、ご主人様が必要であることは証明しました」

「‥‥‥」


 また挑発する口調のヴェルニをオルガがじろっと睨んだ。

 再び二人の間に微妙な沈黙が流れる。


 とその時、魔物の兵士の一人が暗がりの廊下から慌ててやって来た。顔が蛇で全身に鱗があるいわゆる蛇人といった魔物の兵士だった。


「オルガ様! 大変です! たった今、人間達の軍隊が進軍を開始したと報告がありました。残った兵士は、守備を固めている最中です。いかがなさいましょう?」


 蛇人の兵士は、オルガの前に跪いて呼吸を乱しながら報告をする。オルガは顎に手を当てて、しばし考え込む。


「分かった、特に正門を固めろ。私もすぐに出撃する! 迅速な報告、ご苦労だったな」


 オルガがそっと跪いた蛇人の肩に触れる。


 おや、俺の時と違ってだいぶ優しい。

 部下思いなんだな。彼女の意外な一面を見た気がした。


 労われた蛇人の兵士は『ありがたき幸せ!』と肩を振るわせ歓喜していた。指定された配置に戻っていく蛇人を見送っていたオルガはさっと俺達に顔を向ける。


「私はもう行くけど、あなたはどうするの、ヴェルニ? 一応四天王の立ち位置なんだし、少しは手伝ってくれると嬉しいけど。まあ、その為に来たんだからね」


 オルガが冷淡な態度でヴェルニに話しかける。しかし、ヴェルニは全く気にしていない様子だ。このような態度は、もう慣れているのだろう。

 そればかりか、オルガを挑発する言葉を口にする。


「戦力として見てくれて嬉しいです。しかし、ご主人様をお忘れですか? 私はご主人様と共に戦場に立ちます。結局、あなたは次期魔王様の力が必要だと思い知るのですから」

「‥‥‥勝手にしなさい!」


 だから、ヴェルニさん!

 何でそんなにオルガを怒らせること言うの?


 オルガは大声を上げながら、俺達に背を向ける。そして、城のエントランスの階段をかつかつと音を立てながら上がっていった。


 ヴェルニの言った通り、オルガを説得し、認めさせるのは簡単ではないな。

 それよりも彼女の結構感情的で、挑発に乗りやすい性格が俺は気になった。


 戦場で悪い方向に作用しなければいいが‥‥‥。


「ヴェルニ、これからどうするんだ?」

「そんなことは簡単です。オルガにギャフンと言わせる為になるべく前線に出るんです。そうですね、正門付近の側防塔に兵士達と待機していましょうか」


 ‥‥‥何かアバウトな作戦だな。

 ヴェルニは、色々頭の中で策略練るタイプなんだけど、その策略がガバガバなんだよな。まあ、そのちょっとポンコツっぽいのが可愛いと最近思ってきたけど。


 俺達は正門付近の側防塔に移動する。そこには、すでに蛇人やらオークの兵士が守備を固めていた。手には使い古された木製の弓も持ち、いくらでも放てるように矢を準備している最中だった。

 

 兵士達は俺達を見ると一瞬驚いたが、仲間だと分かるとすぐに快く受け入れてくれた。


 何かこれまで会った魔族、魔物達は皆いい人なんだよな。オルガには、めっちゃ嫌われているけど、それは理由がありそうだし。

 魔物は恐ろしい討伐対象だと思ってたけど、彼らは何か嫌いになれないんだよな。

 俺はそんなことを考えながら、ヴェルニの横で待機していた。


 しばらく待つと、アスガルド城の正門前方から地面を踏み鳴らす音が聞こえ始めた。一人や二人ではない、大群の足音だ。


 やがて、霧の中からその踏み鳴らす者の黒いシルエットが浮かび上がる。

 俺は、急に緊張してきて唾を飲み込んでしまった。


 音がどんどん近づいてきて、霧の中に見えた大群の容姿が露わになる。

 

 全身鎧でガチガチに固めた人間の兵士だ。敵ながら初めてこの世界で人間に会えたことに俺はつい嬉しくなってしまった。だが、すぐに冷静になり首を横に振る。


 いかんいかん!俺は、これからあの見るからに強そうな兵士達と闘わなけなならないからな。

 俺は、改めて敵を観察する。


 良く見ると、鎧姿の人間の他に、数人黒いローブととんがり帽子をかぶった人物が見える。あれは、魔導士かな?

 他にもRPGではよく見かける盗賊の恰好をした者も確認出来た。


 ここで俺は気づいた。

 彼らはかつて俺がプレイしていた英雄達の隊商ヒーローズキャラバンでいうところの冒険者に近い恰好をしていることに。


 彼らは王の命令を受けて、集めた正式な兵士達とは違うのではないか?

 俺は、悪い予感がした。


 と不意に、俺の視界の端からアスガルド城の正門前に驚異的な跳躍力で降り立った人物を見つける。


 オルガだ!

 俺は、思わず叫んでいた。


 あの大群に一人で立ち向かうつもりだろうか?

 俺の横にいたヴェルニも表情を曇らせた。

 

 

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