第27話-新たな胎動、世界との繋がり-

ミニダンジョンの《核》が浄化されてから数週間が経過した頃、世界各地で観測されていた小規模なエネルギー漏出現象は、これまでとはまったく異なる様相を見せ始めていた。空間に生じた亀裂はゆっくりと拡大し、そこから現れたのは、かつてのような凶暴なモンスターではなく、淡い光を放つ不思議な植物や、小動物のように見える無害な存在だった。まるで、別の世界から“贈り物”が届けられたかのような光景だった。


大学の周囲でも、緑色の輝きを帯びた小さなポータルが複数確認され、そこから今まで見たことのない鮮やかな花々が咲き始めていた。周囲には危険な気配はまったくなく、むしろ清らかで落ち着いた空気が漂っている。まるで土地そのものが浄化されているようにすら感じられた。


この新しい現象に対し、大学内の研究所ではすぐに緊急調査チームが組まれた。白石先生は、以前にも増して忙しい日々を送っている。各国の研究機関との連携を深めながら、休む間もなく収集されたデータを分析し、新たな現象の本質を探ろうとしているのだった。


私は白石先生の指示を受け、大学周辺のポータルを調査する役目を担うことになった。ありがたいことに、美咲と健太も引き続き調査に協力してくれており、私たちは三人で手分けしながらポータルの観察やデータ収集を行っていた。


「なんだか、前のダンジョンとはまったく雰囲気が違うね。むしろ、ちょっと癒される感じがする」


美咲は、ポータルから咲き誇る七色の花を見つめ、柔らかく微笑んだ。どこか懐かしいような、安心感を覚えるその花の香りは、私たちの心を穏やかにしてくれる。


健太も、ポータル周囲のエネルギーを測定しながら真剣な表情で頷く。


「たしかに、以前のような負のエネルギーはまったく感じられないな。これは……おそらく《核》の純粋なエネルギーが、直接的に影響を与えているのかもしれない」


私がポータルにそっと手を伸ばして触れると、内側から《温かなエネルギー》が波紋のように広がり、かすかに私の存在と共鳴する感覚があった。その一瞬、まるでポータルの向こう側と意識が繋がったような、言葉にできない不思議な感覚に包まれる。そこには、広大で穏やかな、温かさに満ちた世界が広がっている気がした。


「ポータルの向こう……なんだか、とても温かい場所みたい」


私がそう呟くと、白石先生がモニターを覗き込みながら静かに言った。


「それは興味深いですね。《核》の純粋なエネルギーが、新たな次元の扉を開いている可能性もあります」


先生は私に、新たに開発された調査用の高感度エネルギーデバイスを手渡してくれた。


「この装置を使えば、ポータルの向こうにあるエネルギーをより詳細に分析できます。できれば、小型のプローブを通して視覚データも得てください」


私は慎重にデバイスを操作しながら、プローブをポータルの中へと送り込んだ。しばらくしてモニターに映し出された数値と映像は、私が感じ取った感覚を裏付けるものだった。そこには、確かに純粋で穏やかで、安定したエネルギーが満ちていた。


しかし、全世界で出現しているポータルがすべて平和的なものであるとは限らない。一部地域では、未知の植物や不可解な生物が出現し、対応に追われているという報告も増えてきている。かつてのような明確な敵意や攻撃性はないが、それでも予測不能な事象には変わりなく、依然として注意が必要な状況だ。


新たな「ダンジョンの時代」。それは、かつてのような恐怖や破壊ではなく、未知の多様性と無限の可能性に満ちた時代の始まりかもしれない。


そして私自身も変化を感じていた。内なる《温かなエネルギー》は日を追うごとに強くなり、新しいグローブとの同調も進んでいた。集中すれば、かつてとは比べ物にならないほどの力を光として具現化できるようになっていたのだ。


そんなある夜、私は夢を見た。まばゆい光の海の中に、かつて消えたはずの《悪魔》の姿が、かすかに浮かび上がったのだ。


『……光は繋がりを生み……“真の敵”は……まだ隠れている……』


《悪魔》の最後の言葉は、私の胸に新たな不安を灯した。「真の敵」。それは、かつて私たちが戦った“黒い影”のさらに奥に、まだ正体を見せていない、より巨大で深遠な存在が潜んでいるという意味なのだろうか――。


世界の変化、そして《悪魔》の囁き。それらは、確かに私たちを新たな探究と挑戦の旅路へと導いている。希望に満ちた未来は、純粋な光によって照らされている。だが、その光が照らす先に、まだ誰も知らない脅威が潜んでいる可能性も否定できない。


私たちはこの新たな時代の中で、自分たちの役割を見つけ、そしていつか来るかもしれない「真の敵」に立ち向かうための準備を、今から始めなければならないのだ――。


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