第25話-浄化への道、黒い影の支配者-

それは、間違いなく悪魔が語っていた「黒い影の影響を受けた存在」だった。


その全身からは、核から漏れ出した黒いエネルギーが渦を巻き、波打つように周囲へと広がっていた。

鎧の隙間からは禍々しい蒸気のような靄が滲み出し、見る者に本能的な恐怖を植えつける。


赤い瞳――先ほどまで対峙していた悪魔のものと同じ色だが、その冷たさと純粋な悪意の質はまるで違っていた。

あれは意思ではなく、呪い。意図ではなく、衝動。


「あれが……核を蝕んでいた黒い影の“支配者”……?」


白石先生が低くつぶやき、戦闘態勢を最大まで引き上げる。

その周囲に展開されたエネルギーフィールドは、これまでに見たどの時よりも明るく、鋭く輝いていた。

彼女の瞳にも、普段とは違う緊張の光が宿っている。


健太は対抗クリスタルを構え、その表面に明滅する微かな反応をじっと見つめていた。

美咲は私の背後に回り、いつでも加速の草を使えるよう準備している。


私は、握った新しいグローブに意識を集中させた。

悪魔が最後に託してくれた希望――この手で無駄にはできない。

私自身の内に宿る“温かな力”を、ここで核へと届けなければ。


グローブの表面が、ゆっくりと金色に輝き始める。

まるで心の奥底から、何かが目を覚ましたように、静かだが確かな熱が手の中で脈打っていた。


黒い鎧の支配者は、重々しい金属音を響かせながら、一歩、また一歩とこちらに向かってくる。

そのたびに空気が軋み、周囲に漂う黒いエネルギーが濃く、重くなっていく。


「接触は危険です! 核の負のエネルギーを吸収している可能性があります!」


白石先生の鋭い警告が響く。

私たちはすぐに方針を切り替え、距離を保ったままの遠距離戦へと移行した。


健太が、対抗クリスタルを正確に投擲する。

クリスタルは敵の胸部に命中し、激しい衝撃波を発して周囲の黒い靄を一瞬だけ拡散させた。


「……効いてる! あれ、核の負のエネルギーに反応してる!」


健太の声に、私たちの動きが変わる。

美咲は加速の草を使い、あえて敵の視線を自分に向けるように走り抜けた。

その動きは風のように軽やかで、まるで黒い支配者を翻弄するかのようだった。


白石先生は連続するエネルギー弾で敵の行動を封じ、慎重に隙をうかがう。

私はその合間を縫って、グローブから金色の光を放ち、敵の胸元に正確に照射を試みた。


だが――敵は黒いエネルギーを吸収するたびに、傷ついた部分を即座に再生していく。

まるで、無尽蔵に再生する装甲のように。


「このままじゃ埒があかない……!」


そう思った時、脳裏に浮かんだのは、悪魔が最後に示してくれた“核の中心”の光だった。


「核に近づくしかない……! “純粋なエネルギー”を届けなきゃ!」


私は白石先生と目を合わせ、視線で突入の意志を伝える。

先生はすぐに察し、より強力なエネルギー弾で敵の注意を引き付ける。


「行け、今しかない!」


その言葉と同時に、美咲が加速の草を再び使用し、私に風のような加速を与えてくれた。

全身に走る衝撃――だが恐れはなかった。

私は、光の奔流となって敵の間隙を突き、核の方向へと突き進んだ。


黒い鎧の支配者は怒りを露わにし、無数の黒いエネルギー塊を私へと放ってくる。

それは矢のように鋭く、重く、ひとつでも当たれば即座に制止されるだろう。


だが、私のグローブから放たれる金色の光は、そのすべてを打ち払い、霧散させていく。

光と闇が衝突する音が、空間を震わせる。


そして――ついに、たどり着いた。


核の中心部。

そこには、確かに“純粋な光”が存在していた。

けれど、その光は今、糸のように絡みついた黒い影に包まれ、濁りかけていた。


背後から、金属が擦れるような重い足音が迫る。

黒い鎧の支配者が、私を止めようとしている。


私は迷わず、金色のグローブを核の中心部へと伸ばした。


瞬間――


私の内なる温かなエネルギーが、核の純粋な光と共鳴する。

深いところで繋がった確かな感触。

それは、悪魔が私に託した最後の想いでもあった。


金色の光が、私の全身を通して核へと流れ込む。

やがてそれは、核を包む黒い影を焼き払うように、じわりじわりと浸透していった。


黒い鎧の支配者が、甲高い金属音と共に咆哮を上げる。

最後の一撃を振り下ろそうとしていた。


だが、その一撃は――


核から放たれた純粋なエネルギーに呑まれ、あっけなく打ち消された。


そして次の瞬間、敵の全身を、金色の奔流が包み込んだ。


耳を裂くような悲鳴と共に、黒い鎧の支配者は光の中へと消えていく。

その姿が、まるで最初から存在しなかったかのように、静かに、確実に消滅していく。


……もう、その姿はどこにもなかった。


黒い影は完全に払われ、核はこれまでにないほど澄んだ光を放ち始めていた。

空気の重苦しさが一気に晴れていき、まるで新しい風がダンジョン全体を駆け抜けていくようだった。


「……終わった、の?」


美咲が小さくつぶやく。

その声には、安堵と戸惑い、そしてほんの少しの寂しさが混ざっていた。


私は、核の光にそっと手をかざす。

そのぬくもりは、確かに“温かさ”そのものだった。


悪魔が託してくれた、最後の願い。

それは、こうして――静かに、けれど確かに――果たされたのだ。





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