14 閑話、魔族たちは相談中
――時間は少し戻り、これはチビが夜の国に滞在することとなった、その直後のことである。
「魔王様、あの小娘は一体どこに?」と薄暗い部屋の中でフォメトリアルが怪しく眼鏡を輝かせ、「ベッドで、寝ている。疲れたのだろう……」とアザトが静かに返答する。「そりゃそうでしょうね。色々あったわけですし、子どもにはきつかったんだと思います」とカシロが腕を組み首肯する。
「っていうか暗くなーい? 星灯り持ってきたよ~!」
やっほーい! とカンテラを両手に持ち上げて元気に話すのはテジュである。
室内の魔族たちの視線が同時に集まり、「え、おれなんかした?」とテジュはきょとんとした顔でわふわふと尻尾を振った。「いやいや、助かる。ちょうど星がなくなりそうだったんだよな」「まあ、たしかに何事も見やすいに越したことがありませんからね」「フォメトリアルがこれ以上目が悪くなったら困るしなあ。眼鏡だし」「はい? カシロ。これはただの正装ですが?」「人間だと目が悪いやつが使うっておれも聞いたことあるよー」「なんですって。どこの愚か者が私のマネをしているのですか。いいセンスですね」「…………」わいわいと盛り上がる魔族たちの会話を、アザトはじっと見守っている。
テジュが持ってきたカンテラの星灯りを、部屋の外の回廊を歩いていたモヤモヤを呼び寄せ託して、魔族たちは顔を見合わせた。ちらり、ちらり。全員が唐突に無言になってしまったが、彼らを代表するように、とうとうアザトが口火を切った。
「私、たちは。人間のことを、わかっていない……」
無表情なのは変わらないが、いつもよりも神妙な声を出しているように聞こえた。テジュとカシロは真面目ぶった顔つきでこくりと頷いたが、なぜだかフォメトリアルはうんうんと首がもげるほどに頷いている。
「人間とは、私たちと感情が異なる。思考を……理解しているようで、理解しきれて、いないように、思う」
チビの首にかけている星の石のおかげで、アザトとチビの感情は少しだけ近い。けれども根本的に種族が異なるのだから、ときおり歯車がずれてしまう。
アザトの言葉に、うんうんうんうん、とフォメトリアルだけがやはり首がもげる勢いで頷いている。
「これからあの子どもと暮らす上で、どうすればいいのか、だが……」
「ハイッ!」
背筋を伸ばし力強く手を垂直に上げるという、まるでお手本のような素晴らしい挙手をしてフォメトリアルは発言する。
「あの小娘が感じたことを、全て我らに報告させればよいのでは!? 具体的には空から落ちる雨粒よりも多くの言葉をこちらに投げかけろと命じるのですッ!」
「話しっぱなしじゃねぇか」
「どうかしてるなー」
カシロは呆れて顔をしかめ、テジュはけらけらと笑っている。
「……っていうかチビちゃんにそれは無理だろ? 話すのもきつそうだしな」
「そ、それは……たしかにそうですが、いやッ! この夜の国に住む人間にふさわしいように、私がしっかりと指導してみせましょう! 人間用の教本も用意しております。何やらエホンというそうで! どうです魔王様、お褒めください!」
「……それは、おいおい考えるとして」
後ほどお褒めいただけるのですか!? とどこから取り出したのか表紙に可愛らしい絵が描かれた子ども向けの本を掲げているフォメトリアルをとりあえず放っておいて、アザトはわずかに柳眉をひそめ考える。
――やはり、人と魔族は、異なる、のか……?
じっとアザトは黙り込んだ。フォメトリアルはいつ褒めてもらえるのだろうとわくわくして絵本を胸に抱きしめ、「期待がすごいけどさすがに無理だろ」とテジュが正論を放っている。
――いいや。諦めるべきでは、ない。
「人間……しかも子どもだもんな。俺たちが思うことが、人間にとっては正しいとは限らねぇしなぁ」
「っていうかさー。人間同士だったらどうなのかな? やっぱお互いのことは全部わかるのかなー?」
「どういった仕組みで理解しあっているのか、とても興味がありますね……。もしやそれがこのエホンで理解できるのでしょうか……?」
「…………」
人間同士でも、全てをわかり合えるわけではない。そうでなければチビが王宮の中でいないものとして扱われるわけがないというのに、魔族たちにはやはりそれがわからない。少しだけ、人とはズレているのだ。アザトは必死に思案し、自身が持つ頼りない情報から手探りに思考を組み立てる。諦めるなと声が聞こえる。変化がない日々の中で、心を鈍感にさせ生きることにはもうとっくに飽いていたのだから。
「しくみ」
「はい、どうかなさいましたか魔王様!」
ぽつりとアザトが呟くだけでも犬のように反応するフォメトリアルは、ささっと魔王の前に飛び出す。抱きしめたままの絵本が、なんともアンバランスである。アザトはフォメトリアルが持つ絵本へと視線を向ける。本の表紙には、頭に王冠をのせ、素敵なドレスを着ている女の子が可愛らしい絵柄で描かれていた。
「そうだ、仕組みだ。人には、人の
「なるほどご炯眼です、さすが魔王様……! して、その人の規範とやらを、一体どうやって把握されるおつもりですか……?」
「……それだ」
「それ?」
ぴし、とフォメトリアルが持つ絵本へと指を差す。ぱちぱちと、フォメトリアルも、テジュもカシロも瞬いている。
「そう、それだ。人間たちの、本を……読むのだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます