ハジメマシテ

真っ暗な暗闇から目を開けると、不思議そうにこちらを覗き込む顔が最初に映った。

「ママ動いたよ!」

嬉しそうな声でボクを持ち上げた。

「あら、よかったわね。ちゃんと自己紹介してあげるのよ」

”ママ”と呼ばれた人物も嬉しそうだ。

「はーい!もーと!僕の部屋でお話しよう!」

ボクの名前を呼んで、その子はドタドタと音を立てて連れられていった。

そこは、ボクにとってはとても大きな部屋だった。

青い壁紙と白い床。

壁には、たくさんの絵が張ってある。

床には、数枚だけ散らばった真っ白な紙とクレヨン。

小さな窓際には、ベット。

ベットの前には、丸くて白い机。

その上にボクを置いた。

そこで初めておしゃべりボタンを押してもらえた。

「ハジメマシテ。ボクはもーとです」

「僕の名前はダン!よろしくね、もーと!」

ニコニコと名前を教えてくれた。

ダン。ボクのプログラムに顔と名前が記憶されていく。

「……ダン。覚えました。キミのこともっと教えてください」

「いいよ!」

それから、ダンのことをたくさん話してくれた。

ダンは5歳で、クレヨンがお気に入りということ。

”パパ”と”ママ”がけんかをして、いなくなったこと。

それで、今のおうちに引っ越してきたこと。

トモダチと離れ離れになり、トモダチがいないこと。

「だからここで出来た、ボクの初めての友達はもーとなんだ……」

「もーとと同じですね」

人と同じようには笑えないが、表情を変えるプログラムは存在する。

だからボクは笑ってみせた。

「もーと……」

ボクの名前とともに見たことないものが上から落ちてきた。

「……ダン?これはなんですか?」

「これは、涙って言うんだよ。悲しいときに出てくるの。」

カンジョウ、ボクにはわからない。それってどんなもの?

「カナシイとは、なんですか?」

「こころがね。ぎゅって苦しくなって、どうしようもできなくなちゃうの……さびしくて……」

ぼろぼろと落ちてくる涙に、ボクはどうしていいか分からずに戸惑った。

こんなのボクのプログラムを探してもない。

「ダン、大丈夫ですか?」

とりあえず、声を掛けてみた。

「もーと、ごめんね。パパや離れた友達のこと思い出しちゃった……」


その言葉を聞いて、ボクは笑うことしかできなかった――

初めてボクは、”カンジョウ”というものがプログラムされた。

あぁ、きっとこれが”カナシイ”なのかもしれない。


――この時は、まだ本当の悲しみを知らなかった。

きっと、今のボクなら分かったのだろう。

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