43話 脱出

◇◇◇◇ツキの一人称になります◆◆◆◆



 ノーミアが見守るなかで、セレナの命の火が消えた。少し離れた位置にいるにもわかった。私に呪いのキスをした魔女は、私とノーミアのゲイボルグで倒した。


(ん……? 『私』? なんか『僕』よりこっちの方がしっくりくるような……? なんでだろ? 急に“私”って言葉が、自然に感じた)


 呪水を飲んだ影響なのかな……。

 

 なんて考えていたとき、はふとセレナの手に握られていた武器が、あの黒い槍――セレナが『ロンギヌス』と呼んでいた槍だと気がついた。

 ロンギヌスは遠隔操作で空を飛べる……今、ノーミアは丸腰でセレナに向き合っている。もし槍が動くならノーミアが危ない。私は、慌ててノーミアに駆け寄った。

 槍がひとりでに浮き上がりセレナの手を離れる。


 けど、私にできることは手を伸ばしながら叫ぶことくらいで……。


「ノーミア!」

  

 けど、ロンギヌスは誰にも危害を加えることなかった。そのまま空を裂いて高いところへ昇って行った。

 その漆黒の影は、私たちの誰にも届かぬ高さでひときわ光を放ち、そしてどこかへ飛び去った。まるでその役目を終えたかのように。


「無事で良かった」

 

 ノーミアの肩に腕を回し、胸の中に抱きながら、空を睨む。


あの槍ロンギヌス……やろうと思えばノーミアを攻撃できたはず……なのにしなかった。セレナを守って、ノーミアに危害を加えることが目的じゃなかったの……?)


 ノーミアを倒す絶好のチャンスだったはず。なのに逃すなんて、ロンギヌスの動きはちぐはぐで、何がしたいのかわからない。


「セレナちゃんが……元の姿に戻っていく」


 ノーミアがつぶやく。

 悪魔のように変貌していたセレナの体は、死とともに元の、美しい少女の姿に戻っていった。短い付き合いだったけど、私はきっとセレナのことを忘れないと思う。


 だって私の、はじめての人だから……。

 

「ノーミア……行こう。この町はもう……」

「はい……」

  

 セレナとの決着はついた。残ったものは、傷ついた仲間と、崩れゆく町だ。


 ミルヴァンは、もう町としての形を保っていなかった。呪水に操られた人々の暴走、火災、戦闘……それらすべてが短い間に町を蝕み、燃やし尽くしてしまった。かつて穏やかな広場があった場所には、瓦礫と炎が支配する無残な光景が広がっていた。


 私たちは傷ついたタスク先輩とシエル先輩を馬車に乗せ、町からの脱出を急いだ。


 炎の花がところどころに咲く夜道を、馬車は可能な限り素早く進んでいく。呪水に操られていた住民に襲われることも覚悟していた。けど、彼らと交戦することはなかった。まるで彼らには私たちが目に映っていないみたいだった。私たちは特に何のトラブルに巻き込まれることなく、この町を脱することができた。



 火の手から逃れ、ある程度安全と思われる林の外れの丘にまで来たとき、ようやく馬を止め、滅び行くミルヴァンの町を見下ろした。


「まさに地獄絵図やな」


 レイブンが静かに口を開いた。火の粉の届かない夜の静けさの中、その声は妙に冷静に響いていた。


 肩を貫かれたタスク先輩も、胸をえぐられたシエル先輩も、幸い命に別状はなかった。深刻な負傷を負ったように見えたけど、どうやらセレナの攻撃は、意図的に急所を外していた。しばらく休息は必要だが、聖水で十分癒せる範囲だ。


「……なんで生かしたんだろう」


 私の口からぽつりと疑問がこぼれる。


「セレナは、殺そうと思えば、私もみんなも殺せたはず。なのになんで生かしたんだろう……あんな姿に変わっても、セレナは自分の手では結局誰も倒さなかった」


 誰に向けるでもない言葉だったけれど、ずっと感じていた違和だった。

 レイブンは鋭い目つきで言った。


「“ノーミアに使命を果たさせるため”かもな……」


 ノーミアの使命……それはダルトンの反乱を鎮圧すること。

 

「セレナが“ダルトンを倒せ”って……? ダルトンのスパイだったのに?」

「……セレナがダルトンのスパイやったかは、うちには判断できん……けどセレナはノーミアの友達でもあったやろ……? 悪いことする裏で、友達を応援したい気持ちもあったんちゃうか」


 そう言って、レイブンは黙ってしまう。

  

 ダルトンの部下として任務を果たそうとする気持ち、ノーミアの友達として彼女を助けようとする気持ち……セレナの中でふたつの気持ちがせめぎ合っていたって言いたかったの……?

 そうかもしれない……真実は、今となっては知るよしもないけれど。


「セレナは……どこかで呪水を飲まされて操られてたんじゃないかって……思ってたけど、」


 操られていたにしては、あまりにもセレナは意志を持ちすぎていた。狡猾で、論理的で、選択的だった。生かし、殺し、芝居をして――まるで役を演じていたようだった。


「セレナ、あの子は一体何だったんだろう……?」

「……」

 

 レイブンはぽつりと言った。


「うちはな。あの子を初めて見たとき思ったんや、“こいつウソつきやな”ってな。うちには見ただけウソつきがなんとなくわかる……うちもウソつきやからな……」

「そうなんだ……私はレイブンさんは裏表のない人だって思ってますよ」


 でも、たしかにセレナにはどこか演技くさいところもあったように思う。

 

「うちがセレナを疑っとったのはそういうわけや。うちは……セレナを“変身の聖女”やないかって思っとった」


 “変身の聖女”……伝説に登場する聖女。聖水を長年飲み続けることで、変身の力を得たという。姿形を別人のように変化させるその聖女は、天使様にあだなす敵の前に現れ、変身の力で盤面をかき乱す活躍を見せたという。


 セレナが“変身の聖女”だったなら、黒髪に変わっていたことも、あの悪魔みたいな姿も一応は説明できる。ミドルの街で私たちが逃した“闇の聖女”もセレナだったんだなって思えもする。


 けど、私は、セレナのノーミアに対する激情を知っている……あの子はたぶんノーミアのことを好きだったんだ……セレナが伝説の存在なら、ノーミアにあんな感情は抱かない気がする。姿を変えられたとしても、演技をしていても、心だけは変えられないだろうから。


 セレナは、たぶん、自分の居場所を一生懸命に作ろうとしていただけの、等身大の女の子だった。私はそう思う。

  

  

 夜が深くなる。冷えた風が馬車の帆を揺らす。しばらくして、私たちは馬車を止め、休息を取ることにした。


 負傷したシエル先輩とタスク先輩は馬車で横になり、レイブン、ノーミア、そして私が寝ずの番をする。


 焚き火の前で、ノーミアの横顔を見つめる。ノーミアの目は赤くなっていた。たぶん私が見ていないうちに泣いていたんだろう。セレナを追いつめておきながら、結局ミルヴァンの町を救えず、仲間に負傷者を出し、セレナも死なせてしまった。きっとノーミアは今、無力感に苛まされているはずだ。


 でもノーミア、君に救われた人間もいるんだよ。


「ノーミア」

「はい……」

「ありがとう。……私が呪水の支配から戻って来れたのは、ノーミアのおかげだよ」


 あのとき。意識が呪水に引きずりこまれて、頭の中に声が響いた。


『従え』『服従しろ』


 その命令に抗おうとしたとき、全身に激痛が走った。耐えきれないほどの痛みだった。


 だけど――


 そのとき、誰かの声が聞こえたんだ。


 優しくて、勇気をくれる声だった。


『ツキ様、負けないで。私が、います』


「それが……ノーミアの声だった。私は、ノーミアの声で、戻って来れたんだ」


 ノーミアは少しだけ、顔を伏せて、そして、そっと笑った。


「……よかったです。ちゃんと届いてくれて」


 意気消沈していたノーミアだったが、それで少し元気が戻ったようだった。


「あの……ツキ様……さっきから『私』って……」

「変かな……? 目覚めてから『私』のほうがしっくり来るんだ」

「……いえ、ぜんぜん変じゃありません。僕のツキ様も、私のツキ様も素敵です」

「良かった」

 

 しばらく黙ったあと、ノーミアがぽつりと話し出す。


「私には……セレナがダルトンに通じていたなんて、信じられません。セレナちゃんはセントラルの貴族の生まれ。聖女学校に入ってからは大聖堂から出たこともないんです。そんな子が、どうやって辺境のダルトンと繋がるというの……」

「……」


 私は「呪水でダルトンに操られていた」とか、「“変身の聖女”と入れ替わっていて、本物のセレナは生きている」という珍説をノーミアに披露した。気休めかも知らないけど、それでノーミアの気持ちが安らぐならと。


「そうかも知れません……そうだったらいいのに……でも、私にはわかる気がするんです。あの子は最後までセレナちゃんだった。少なくとも、私にはそう見えました。操られてなんかいない、入れ替わってもいない。あの子もなんらかの使命を帯びていて使命のために町を滅ぼし、死んだんです……」


 ノーミアの目から涙が一筋の線を引いた。それを見て私は、思わずノーミアを抱き寄せてしまう。ノーミアは私の胸の中で肩を震わせていた。


「セレナちゃんの正体は今となってはわかりません。だったら私、もう迷いません。ダルトンがいる限り、苦しむ人がいるのなら、私は聖女として、ダルトンの反乱を鎮圧する。その使命を、絶対に果たします」


 彼女の言葉には、これまでにない強さがあった。芯に炎が宿ったような――そんな光。


 私はこっそりと、心に誓った。


 ノーミアのために、頑張ろう。

 彼女のそばで、力になれるように。


 セレナの本当の真意も、ダルトンとの繋がりも、もう確かめることはできない。


 真相は、闇の中に消えた。


 それでも――進むしかない。


 ダルトンの前線まで、あと一か月半。


 補給隊がいなくなり、今後は補給もままならず、誰を信じていいのかも分からない。


 けれど、私たちは進む。


 セレナの秘密を抱いて。

 

 ミルヴァンの炎を背に、私たちは明日へと向かって。



(了)



 

***

あとがき


 ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

 いろいろと回収しきれていない伏線もありますが、ひとまず区切りということで……第一部完、ということにさせてください。


 もし、この続きを楽しみにしてくださっていた方がいたなら、本当に申し訳ありません。


 もともと私は、この物語を「完結させる」つもりで立ち上げました。

 私はこれまで、物語を狙って完結させた経験がありませんでした。だからこそ今回は、「絶対に完結させてやる……!」という執念で、ここまで書き進めてきました。


 それなのに、結局完結できずに、こうして一度物語を閉じることになったのは、本当に情けなく、悔しい思いです。


 一応、結末までの展開はプロットとしては最後まで組んであります。

 ただ、もしかしたらここで燃え尽きてしまったのか、本文にはまだ一文字も手をつけられていません。


 「いっそプロットだけ貼っちゃおうかな」とも考えましたが……やめておくことにしました。プロットには展開はあっても、キャラクターはいないからです。感情や選択や命の重さは、箇条書きの中には存在できないと思ったからです。


 なのでいつかまた彼女たちの物語をちゃんと書けたらいいな、と思っています。

 そのときは、また読んでくれると嬉しいです。

 ここまで読んでくれて、本当にありがとうございました。


 わらわら。

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最強戦士の私。仲間たちと反乱を止めるために旅立ちました。聖女様が溺愛してきて、みんなに内緒で手をつないでいます わらわら @highchine_haiba

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