3-8

 オイラーはどうして鞭打ちを受けることになったのか、その経緯について話してくれた。

 ゴブレットは俺が誘いを断ったことを相当根に持っているらしい。

 開口一番、オイラーに対して「同房のケータ・ソーダに関するあらゆる情報を話してほしい」と言ったそうだ。さすがはゴブレット、鋭い男だ。

 俺が何かを企んでいると思い……いや、確信はなくとも脱出の算段をつけていると薄々気が付いているのかもしれない。そこで、同室のオイラーであればそういった情報を持っているんじゃないかと踏んだわけだ。情報提供の上で提示された条件は、俺が前回言われたものと相違はなかったらしい。

 

 すでに回答は決まっていたオイラーだが、せっかくゴブレットと話す機会だったので、その能力の全貌を確かめてみたいと思ったらしい。

 まったく、なかなか危ない橋を渡りやがる……さすがは俺の部下だ。

 オイラーはゴブレットに対して協力的なように振る舞い、ゴブレットのご機嫌取りをしたらしい。その結果、ゴブレットは気を良くして少しばかり喋ってくれたそうだ。


「私の能力は最強です。どんな能力者だってかなわない。なぜなら、私の能力を持ってすれば他人を服従させるなんて容易なことですからね」


 そう言ったそうだ。

 ……抽象的ではあるが、相手の精神に作用するなんらかの能力ということ。

 十分な収穫。謎だったゴブレットの能力の概要を知ることができたのだから。

 だが、そうなるとどうしても疑問に思うことがあるのだ。


「……その流れから、なぜオイラーは鞭打ちされることになったんだ?」

「それは————」


 情報を引き出したオイラーは、ゴブレットに対し監房に戻ると告げた。しかし、まだ明確な答えをもらってないゴブレットは最後にこう問いかけたそうだ。


「それでキリエス君。私に協力してくれるんですよね? なら、今わかる限りのものでも構わないのでケータ・ソーダのことを教えてくれませんか、些細なことでも構わないので」


 オイラーに俺を裏切るつもりはなかったはず。だから、ここは嘘でもなんでもいい……適当な情報をゴブレットに伝えればいいはず。なのに————


「ケータさんに関する、どんな些細な情報も売るつもりはありません!」


 それなら仕方ない……とゴブレットによる拷問が始まったのだ。


「そこは嘘でも裏切るフリをしとけよ!」

「ケータさんがそれを言いますか……。どんな時でも自分を曲げないのがケータさんの信念でしょ? 部下っていうのは上司の背中を見て育つんですよ」

「うっ……」


 あまりの正論にぐうの音も出ない。

 基本的に自分に厳しく、他人に優しくスタイルなので、部下にまで信念を曲げるなということは強要するつもりはなかったのだが……。しかし、オイラーがそんな自分の背中を見て、真似したい、見習いたいと思ってくれたのは嬉しい限りだ。


「とは言っても、そのあとの鞭打ちは発言を後悔するくらいには耐え難いものでした」


 その激しさは背中の傷が物語っていた。

 オイラーと同じ目にあっても耐え抜ける……という絶対的な自信はなかった。


「……本当によく耐えたな。しかし、なんでゴブレットはオイラーを解放したんだ?」

「それがさっぱりなんっす。途中から完全に気を失ってて……気がついたらここにいたという感じです」


 あのサディストが何も情報を得ないまま、オイラーを解放するか?


「もしかして、意識が曖昧なうちに自分が何か喋ってしまったんじゃ……!」

「いやそれはないだろう。だとしたら、俺とオイラーはすぐさま処刑されているはずだ」


 オイラーは拷問に耐え抜いた。これは間違いない。だが、何か違和感を覚える。ゴブレットは他に何か良からぬことを考えているのではないか。どうしてもそんな風に勘ぐってしまう。そして……おそらくそれは杞憂でもなんでもないはずだ。


「もうここから脱出する以外に、自分らが生き残る道はないっすね」

「そうだな。予定では五日後にはここを出るつもりだった——だが、こんな状況だ。おそらく再トライする余裕は俺たちにはない。次の脱出に失敗すればそれは死を意味する」

「でも、やるしかないですね……やるしかないんです!」

「オイラー。すっかり、俺好みの部下になってきたなぁ……。そうだ、ぐちぐち言っていたって仕方ない。やるしかないんだ」


 悩むことも大事だが、世の中には答えがでないことなんて無数にある。

 そういったときに必要なのは行動力だ。悩んで時間を無為にするよりも、見切り発車で進んでみたほうがうまくいく場合がある。


「ケータさんにそう言ってもらえると嬉しいですね……てへへ」


 オイラーの口元が面白いくらいに緩んでいる。それを見て、俺もついにやけてしまう。


「やめいやめい! そんなこと言っても何もやらんからな!」


 ————気持ち悪い男二人がそこにいた。まぁ、俺とオイラーのことなんだが。

 こんな場面をエルシィに見られなくてよかった。なんだか変な誤解を受けそうだ。


「そういえばケータさん。ロブナードさんの説得はどうなりました?」

「案ずるな。ゼインは今日から俺たちの仲間になった」

「やりましたね! これで脱出の見込みがつきましたね!」

「……まぁな」


 たしかにゼインは仲間になった。これは囚人全員を脱出する上では必要なことだ。だが、それでもまだ足りない。決定打に欠けている。はっきり言って、今の状態でここから囚人全員を脱出させるのは不可能だ。

 オイラーの前ではそんな姿をおくびも見せていないので、こんな風に勘違いするのは無理もない。しかし、残り五日という期限を考えると状況は芳しくないというのが現状だ。

 あと一つだけ……決定的な何かがあれば……。


 脱出に必要な情報は十分に揃っている。

 ・俺の「コピー」、オイラーの「変装」、ゼインの「索敵」

 ・ゴブレットの「精神操作?」、デンバーの「拘束」、クレットの「透明化」

 ・その他看守、囚人たちのおおよその能力

 ・看守二五人に対して囚人は一○○人(子供や老人もいる)

 ・脱出が発覚すると、すぐに治安維持部隊が飛んでくる


 ——ここまでの情報でも脱出すること自体は可能だ。例えば、俺がオイラーから変装能力をコピー、ゼインの索敵能力を駆使してデンバーとクレットを無力化。その後、俺とオイラーはデンバーとクレットになりすまし、所長を無力化する。これもだいぶ荒削りなアイディアではあるが実行性はあるだろう。

 一番の問題は……脱出した後をどうするかだ。変装能力があれば、俺とオイラーはシュームの社会に溶け込むことが可能だろう。


 だが、一○○人を脱出させるとなると話は変わってくるのだ。

 囚人一人一人を訓練する時間さえあれば、グループ分けしてそれぞれが国外へ脱出するという案もあったが、残念なことにもうそんな時間は残されていなかった。


「ケータさんどうかしましたか?」

「いや、なんでもないさ」


 決してオイラーを信用していない訳ではない。これは俺の完全なるエゴだ。どこまでも上司として格好をつけたいのだ。極力悩んでいる姿は見せたくなかった。


「そういえば、ロブナード……ゼインさんの『索敵能力』ってどんな感じなんですか?」

「ん? あぁ、ちょうどコピーしているんだが——」


 俺はオイラーに対して、ゼインの「索敵」について簡単に説明した。


「めっちゃ便利な能力じゃないっすか!」

「まぁな。実際、使い勝手がいいな」

「うわーいいなー。自分もチームに不可欠って感じの能力が良かったっすー」

「オイラーの能力だって十分すごいだろ。ほら例えば、女性に変装して女子風呂に入ることだってできるじゃないか」


 あ、そっか。自分で言ってみて思ったけど、この能力めちゃくちゃ使えるな。

 好きなセクシー女優に変装して、あんなポーズやこんなポーズをしてみるとか。ちくしょう、この能力をゲットしてから会話した人間にしか使えないのが悔やまれる。

 あ、エルシィ……ならいけるな。

 やめい! やめい! 最悪なことを考えるな!

 一瞬だけ、エルシィの姿になってきわどい水着を着てみるという……妄想をしてしまったが、本気でやるつもりとかはないので許してください。

 男ってバカなんです、ほんと。まじすみません。


「そんな邪な使い方しませんよ! そんなこと言われると、余計に自分の能力が惨めになってきますよ!」

「まぁまぁ。結局、人間は与えられたものをどう生かすかだろ。自分と他人を比べたってなんの意味もないさ」

「そうは言いますけど……。ケータさんのコピー能力だってわりと最強じゃないっすか」

「ははは、譲渡できるなら全然そうするんだが————ん?」


 ……とても変なことを思いついた。もはや、こじつけで全く根拠のない考えだ。だけど、思いついたからにはすぐに試してみたくなる性分だった。


「どうして急に黙っちゃうんすか」

「なぁ、オイラー。一つ試させてくれ」


 本当にバカな思いつき。けど、こういう直感も案外バカにできないんだよな。

 友達・仲間にしたいやつを見極めるとき、はじめて会社を作ったとき、新しいサービスをリリースするとき……あらゆる場面で最後に物を言うのは直感だった。


「け、ケータさんこれって!?」


 オイラーは目を丸くしている。いや。俺の方もまさか……という感じだ。

 こういうことがあるから直感に頼ることをやめられないんだよな。


「オイラー……お前のおかげだ。最後のピースが揃ったぞ」


 ————勝った。脱出までの道筋は完成した。

 六○%程度だった成功率は九○%まで跳ね上がったぞ。これならいける。

 あとはこの確率を限りなく一○○%にするために細かい点を確認していくだけだ。



 次の日。

 俺、オイラー、ゼイン、数人の囚人でこそこそと集まっていた。すでに、二週間後に脱出すると宣言してから十日が経過している。

 宣言通りに実行するなら残されている時間はあと四日。


「ケータ、改まってどうしたんだ?」


 ゼインは他に集まったメンバーに配慮してか、すっとぼけたような質問をする。二週間後に脱出すると宣言をしたのは、オイラーとゼインの二人だけだ。他の囚人からすれば、脱出の話こそ聞いていても、それが数日後のことだとは思ってもいないのだろう。


「四日後。俺たちは囚人一同はこの収容所から脱出する!」

『なっ!?』


 オイラー、ゼインを除く全員が信じられないという顔をする。

 一部の者からは「そんなの不可能だ!」「無理に決まっている!」「時間は十分にあるはずだ!」なんて声が聞こえてきた。


「あんたらが俺の思想に賛同し、協力する道を選んでくれたことには感謝する」


 ゼインも全ての囚人に声をかけているわけではない。せいぜい全囚人の半分くらいだ。

 それでも声をかけた囚人は皆、協力を表明してくれた。ここに集まってくれたのはその中でも一部の代表者だ。


「だが、一つだけ聞いてくれ。時間は有限なんだ。こうしている間にも、俺たちはどんどん老いていく。そして残りの限られた時間もどんどんなくなっていく。だから、あんたらには一日一日を大事にしてほしい。今日を全力で生きろ! だらだらと引き伸ばしたって意味はない! 一分一秒も無駄にするな! それに……この脱出には勝算がある」


 俺は頭の中で組み上がっていた作戦を言葉にする。

 オイラーやゼインにもまだ一切、作戦概要を話していない。それなのに、俺を信じてくれる……そんな二人には感謝の気持ちしかない。

 そんな二人、こうして集まってくれた全員の期待に応える必要があるんだ。


「————ってことだ」

『……』


 脱出作戦の概要をすべて説明した。場はおそろしいくらいに静まり返っている。

 だが、これは「呆れ」や「絶望」ではない。

 全員の目を見れば分かった。明らかに燃えている。たぎっている。


「俺についてこい! 作成開始だ!!」

『うおおおおおおおおおおおお!!』


 士気は高まった。俺自身、久しぶりに身体中が興奮しているのが分かる。

 待ってろよ。ゴブレット、デンバー、クレット。

 自分が支配する側だと思っていられるのも今のうちだ。

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