第34話

 身体が揺れている気がして、その心地悪さにレイスティーは目を覚ました。



「ここは……?」

 レイスティーは辺りを見渡すが見覚えのない室内だった。

 木張りの床や壁の部屋に置かれたベッドにレイスティーは手を後ろ手に縛られた状態で横になっていた。


 何か……揺れてない? 


 身体を起こして小さな窓に近付くとそこに広がる光景にレイスティーは目を見開く。


「嘘でしょ⁉」


 ちょっと待って⁉ 何で……何で海の上にいるの⁉


 目の前に広がる広大な海に目を疑う。


 落ち着け……思い出せ、私。


 混乱する自分に言い聞かせて、記憶を呼び起こす。


 確か、寮の前でフルーラに会って……メラニア医務局長に話があるって呼び出されたんだっけ……。


 そこでハッとする。


『じゃあね、レイスティー』


 フルーラの歪んだ笑みと声を思い出し、レイスティーは悔しくて奥歯を噛み締めた。


 騙された! 


 まさか、本部の敷地内で攫われるとは思っておらず、油断した。

 そもそもバンスがフルーラに伝言を頼んだことに違和感を覚えるべきだった。

 悔しさと後悔に悶えていると部屋の扉が静かに開かれる。


「やあ、目が覚めたんだね」


 明るい声が室内に響く。

 レイスティーは警戒して壁を背に一歩後退る。


「これはどういうことですか。メラニア医務局長」


 嬉々とした表情を浮かべてレイスティーの前に現われたのはバンス・メラニアだった。


「国外逃亡さ。ロマンティックだろ?」


「船より刑務所で刑務官とのロマンスの方がお似合いだと思いますけど」


 レイスティーが睨むとバンスは楽しそうに口角を吊り上げる。


「随分と冷静だね。ということは全部気付いているのかな?」


 冷静じゃない。冷静に見えるように努めているだけだ。


「全部ではありませんが、あなたが結界石の偽物を作った犯人だということは分かっています。今も結界石と沢山の偽物を所持していることも」


 レイスティーの言葉にバンスは余裕の表情を浮かべる。


「どうして分かったんだい? 結界石の強力な魔力で君の鼻はほとんど機能していなかったはずだが」


「城で結界石の魔力を嗅いだ直後は本当に何も分からなくなったんです。でも、あんなに強力な魔力臭はそうそう忘れない。あなたの研究室に呼ばれた時、同じ匂いを見つけました。でも、確証がなかった。あなたは私の前で色んな魔力の匂いを嗅がせていたし、何より鼻がまだ本調子じゃなかった」


 自信がなかった。


 環境の変化と精神的な問題で自分の嗅覚は異常をきたしていたからだ。

 今思えば、レイスティーの鼻を混乱させるのも狙いの一つだったのかもしれない。


「何だ、最初から気付いていたのか」


「もっと探ってから上に報告するつもりだったんです」


「それで? 君は上に報告できたのかい?」


「できていたら良かったんですけどね」


 報告できていたら今縛られているのはバンスだったはずだ。

 やはり仕事は報・連・相が大切だ。

 逐一、誰かに相談しておけば良かったと後悔する。


『一人で突っ走らないように』と以前にコーネリオから言われた言葉を思い出し、『その通りでした』と心の底から思い知る。


 一人で突っ走った結果がこの有様である。


「私をどうするつもりですか?」


 レイスティーはバンスに訊ねる。


 どうにかして逃げなくては。

 その前に目的を知る必要がある。


「そもそも、どうしてあなたが結界石を? 偽物を作った理由は何です?」

「そりゃあ、金だよ」


 あまりにもサラリと答えが返って来てレイスティーは唖然とする。


「言っただろう? 研究資金が足りなくてねぇ。魔力増強剤を売ったりして小銭を稼いでたんだが、到底足りるわけもない」


「買い手はフルーラですか?」


「おや、それにも気付いていたか。流石だね」


 感心したようにバンスは言う。


「増強剤を渡した時、あのお姫様は結界石が欲しいと相談に来てね。似たものでもいいからどうにかできないかと。だから、グレゴール・マンシェットを巻き込んだ結界石の窃盗を計画したんだ。調度、シエトルトの病院に入院していたからね。人質にしてはどうかと提案したんだ」


 何てことを……!


 あまりにも軽々しいバンスの言葉にレイスティーは怒りで拳を握り締める。


「その結界石をフルーラに渡すフリをして偽物を渡したのね」


「予め作っておいた試作品だ。精度を試す時に上手く魔力を阻害できたから、彼女は本物だと信じ込んだよ。『これでコーネを私のものにできるわ』って喜んでいたなぁ」


 ヘラヘラと笑いながらバンスは言う。


「結界石に人を思い通りに操る効果はないはずだけど」


「あぁ。多分、あの男を怒らせた時のお守りみたいなものだろうね。彼女、あの男が自分のものになり切らないことに苛立っていたし、無理矢理縛り付けて自分のものにするつもりだったのかもね」


 その言葉に嫌悪感を抱かずにはいられない。


 この状況でもコーネリオがそんな事態にならずに済んだことだけは良かったと思えた。


「偽物を犯罪者に渡したのは?」


「あれは売ったんだ。試作品だったし、精度を見るためでもある」


 お金も稼げて研究にもなり、一石二鳥だったとバンスは告げる。


「子供を攫えと命じたでしょう。あれは何のため?」


「研究の一環さ。俺はずっと魔力が身体に与える影響を研究していてね。魔力を持つ検体が欲しかったんだ」


 ニコニコと少年のような笑顔で言うバンスにレイスティーは鳥肌を立てる。

 研究のために子供を攫うなんて発想がどこから来るのか。


 その狂気的な思考に寒気がした。


 そしてその狂気的な思考を持つバンスの視線がレイスティーを捉えた。


 ゾワっと背筋が震え、身体が強張る。


「青系統の目を持つ者は強い魔力を持っていることは知っているだろう? だけど、赤い目も魔力と強い関係があることが分かっているんだよ、レイスティー」


 そう言ってバンスは一歩、レイスティーに近付く。

 反射的にレイスティーは後退る。


「赤い目を持つ者は特異体質。君のように他の魔法使いにはできないことができる。君の父親もそうだったようだよ。だから、グレゴールは尋問で父親と同じ目を持つ君を呼び戻すように発言したのさ。正直、君の嗅覚は厄介だから戻って来て欲しくはなかったんだ。戻って来た君をフルーラが消すというから、俺が貰うことにしたってわけ」


 バンスはニコニコと不気味に微笑みながら一歩ずつレイスティーに近付いてくる。


 レイスティーはじりじりと後退るが、気付くと寝ていたベッドに躓いてしまった。


「きゃあっ」


 そのまま迫って来たバンスに押し倒され、レイスティーはベッドに沈む。


「君のことは気に入っているんだ。女としても検体としても可愛がってあげるよ」


 ゴーグル越しに細められた目がレイスティーの恐怖を煽る。

 コーネリオに押し倒された時とは比べ物にならない不快感と恐怖で身体が震えた。


「そんなに緊張しないでよ。どうする? 緊張を解す薬でも打とうか? それとも、こんなのはどう?」


 そう言ってバンスはヒヤリとした手でレイスティーの頬を撫でる。

 ふわりとラベンダーの香りがして、レイスティーは眉を顰めた。


「これ……アンスター隊長の……」


 以前に見せられたコーネリオの魔力を宿した結晶を思い出す。


「そう! 彼の魔力だよ。彼の魔力は扱いが難しいねぇ。でも、彼の匂いがするんだろう?」


 バンスの舌がレイスティーの首筋を這うとその気持ち悪さに眦に涙が浮かぶ。

 怖いのに、嫌なのに声が出ない。身体が動かない。


『レイスティー』


 自分の名前を呼ぶコーネリオの姿を思い出す。

 こんなことになるなら、あの時、想いを遂げておけば良かったと深い後悔が押し寄せる。


 助けて……! コーネ副隊長……!


 心の中で声にならない叫びを上げたその時だ。

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