第20話
「大丈夫かい?」
「はい。ありがとうございました」
気遣ってくれるバンスにレイスティーはお礼を言う。
研究室は別棟にあり、最近のバンスはほとんどそこで過ごしているらしい。
それを先に言っておいて欲しかった。
研究室にいることを知っていれば最初からそちらに足を運んでいたのに。
「研究は順調ですか?」
「それがそうでもない。最近は結界石やグレゴール・マンシェット元副騎士団長の事件絡みであれこれ頼まれることが多くてね」
バンスは元々国立研究機関の研究員をしており、数年前に配属された。
元々は魔力が身体に与える影響や、医療研究していたらしいが、詳しくは知らない。
ほどなくして研究室に着くと、バンスは手持ちの鍵でドアを開けた。
研究室はなかなか酷く散らかっていた。
机の上には本や書類が散乱し、作業机と思しき場所には何やら液体の入ったビーカーが並び、備え付けの棚も液体でひたひたにされた生物が並んでいる。
薬品と薬品が混ざったような匂いや魔力の匂いが狭い室内に充満している。
嗅いだ覚えのある匂いや、そうでない匂い、様々な匂いで溢れ返っていて、それらが混ざり合い、鼻を刺激する。
ヤバい……酔いそう……。
レイスティーは思わず鼻を袖で覆った。
「大丈夫かい?」
「はい。それにしても凄い匂いですね……それで、私に見せたいものがあるって言ってましたよね?」
レイスティーは早速本題に入る。
いつまでもこの部屋にいるのは嫌だからだ。
「これなんだけど……」
バンスはいつくかの石が入ったケースを取り出す。
ケース内は仕切りがあり、一つのマスの中に小さな石が一つずつ入っていた。
数は全部で五つあり、色は様々だ。
キラキラと輝いているが宝石とは少し違うし、ただの石ころでもない。
「これは何ですか?」
微かにだが、魔力の匂いがする。
「これはだね、物体に染みついた魔力を特殊な方法で結晶化したものだよ」
「そんなことができるのですか?」
レイスティーは驚き、声を上げる。
物質に残る魔力を結晶化するだなんて、そんな話は今まで聞いたことがない。
「まだ実験の段階だけどね」
「でも、これが上手く行けば助かる人が大勢います! 画期的ではないですか!」
レイスティーが目を輝かせて興奮気味に言う。
「そう思うかい?」
「はい! 凄いことですよ!」
「そうなんだよ! この研究が上手くいって実用化されれば、医療の面でも大きな発展が望めるんだよ!」
バンスはまるで少年のような瞳で語る。
活き活きとしたとの表情があどけなく、何だか可愛らしいと思った。
「頑張って下さい。応援してます!」
「嬉しいねぇ。しかし、なかなか研究資金が降りなくてね。順調とはいえないんだ」
「そうですか……難しいんですね……」
色んな所で役立ちそうな研究なので是非頑張って続けて頂きたい。
「これが誰の魔力か分かるかい?」
レイスティーは許可を得て、結晶に触れた。
「……薄いですが、これがアンスター隊長、これがスタークス隊長、カントレオ副団長、フルーラ……で、合ってますか?」
「おぉ! 流石レイスティーだ!」
どうやら当たったようだ。
バンスは興奮気味に続ける。
「これが分かるということは、この結晶達はちゃんと魔力を帯びているということだね! いやね、物質に染みついた魔力を抽出し結晶化することに成功したものの、本当にちゃんと魔力を抽出できているのか心配でね」
嬉しそうな表情でバンスは結晶達をケースに片付けると今度は別のケースを取り出して中身を見せた。
「これは何だか分かるかい?」
薄い紫色の石は先日、コーネリオから見せてもらったものに酷似している。
「偽物の結界石……ですね」
「その通り。この石の成分を解析したんだが、本物の結界石と同じ魔力が宿っている。結界石には遠く及ばないが、多少は魔力を阻む効力があるようだ」
「犯人はこんなものを沢山作ってどうするつもりなのでしょうか……」
「さぁ……犯罪に利用することは確かだろうね。実際にこれを所持した連中が王都内で事件を起こして捜査を攪乱しているし」
「何がしたいのか分かりませんね。事件も子供の誘拐や窃盗、空き巣に様々ですし……目的が分からない」
王都内で起きた事件は予め調べた。
事件に一貫性はなく、関連もない。
黒幕は結界石をグレゴール・マンシェット元副騎士団長に盗ませて何がしたかったのか分からない。
「グレゴール・マンシェット元副騎士団長のことも気になります。どうしてこんなことをしたのか……。どう思います?」
「あの人とはほとんど関りがなかったからなぁ……」
バンスはそう言って頭を掻く。
マンシェット元副騎士団長は服毒死だと聞いた。
「そういえば、まだ地下牢に行ってなかったです」
「なら、案内しよう。彼の遺体を検視したのは俺だし、どこの牢に入っていたか分からないだろう?」
レイスティーはバンスの言葉に甘え、グレゴールが捕らえられていた地下牢に案内してもらうことにした。
騎士団敷地内には被疑者を一時的に拘留しておく地下牢がある。
レイスティーは初めて足を踏み入れる場所だ。
ひんやりとした地下室の空気にレイスティーは少しだけ緊張する。
ここで見知った人間が亡くなったのだから当然だ。
地下室への階段を降りると、中央を通路にして左右に小さな部屋が並ぶ。
通路をそのまま奥まで進み、一番奥まった部屋の前でバンスは足を止めた。
「ここだよ。彼が殺されたのは」
バンスが開けてくれた扉の中は簡素なベッドが一台と洗面台があるだけで、他には何もなかった。
天井に近い場所に小さな窓があり、そこから陽光が差し込んでいるが、あまりにも狭い空だ。
こんな狭くて薄暗い場所であの威厳溢れる騎士が亡くなったと思うとやるせなさを感じる。
レイスティーは胸の前で手を組み、そっと双眸を伏せる。
厳しくも、国民の平和を第一に考え、国に貢献した人物だ。
どうか、あちらでは心安らかに過ごせますようにと、冥福を祈った。
「そろそろ出ようか。ここは空気が悪くていけない」
「…………はい」
元来た通路を引き返して一階の通路へと出る扉を開けば、明るい光に包まれるようで一瞬だけ目が眩む。
温かな空気と日の光で溢れた通路に出ると、無意識に強張っていた身体から力が抜けた。
「きゃっ」
気が緩んだせいか、躓いて転びそうになる。
「おっと。大丈夫かい?」
無様に転びそうになるのをバンスがさっと抱き留めてくれた。
「あ、ありがとうございます」
「怪我がなくて良かったよ」
そう言ってバンスは優しく微笑む。
ゴーグル越しで目が優しく細められ、レイスティーは思わず視線を奪われる。
「どうかしたかい?」
「い、いえ……すみません、すぐに離れます」
レイスティーが慌てて身を離そうとするよりも早く身体が強く後ろに引かれた。
あまりにも強い力だったので、抗いきれずに後ろに大きくよろけてしまうが、トンっとあるはずのない壁に背中がぶつかる。
それと同時にふわりと甘いラベンダーの香りに包まれた。
レイスティーは弾かれたように顔を上げるとそこにいたのはいつになく怖い顔をしたコーネリオだった。
「アンスター隊長……」
コーネリオはレイスティーを背後からぎゅっと抱き締めるような体勢でバンスを睨みつけている。
「ここで何を?」
穏やかな口調だが冷たい声でコーネリオは問う。
「そんなに怖い顔しないでくれよ。彼女にグレゴール・マンシェットが亡くなった現場を見てもらっただけだ」
バンスが答えるとコーネリオは視線だけをレイスティーに向ける。
「その通りです。私が案内をお願いしました」
そう答えるとコーネリオはレイスティーを解放し、そのまま腕を掴む。
「ならばもうここには用はないでしょう。行きますよ」
腕を引かれ、強引に引き摺られるように歩き出した。
「メラニア医務局長、ありがとうございました」
「いつでもおいで。待ってるよ」
そう言って手を振るバンスにレイスティーは小さく頭を下げた。
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