第16話

 町は花祭りの準備で賑わっていた。

 道は人々で混雑していて、気を付けなければすぐに人にぶつかってしまうほどだ。


 賑やかさに目を奪われていると、とんっと脚に何かがぶつかった。


「きゃっ」


 小さな声と共に地面に幼い女の子が転んだ。


「ごめんね、大丈夫?」


 レイスティーは急いで少女を助け起こし、怪我がないことを確認して安堵する。


「どこも痛くないかしら?」

「うん。ぶつかってごめんなさい」


 顔を上げた少女の瞳は薄い青色をしていた。


 この国では魔力の強さは瞳に、魔力の量は髪に現われると言い伝えられており、女神アイスティアの瞳が濃い青色をしていたことから青色の瞳を持つ者は潜在的な魔力が濃いといわれている。


 目の前の少女からも砂糖菓子のような甘い魔力の匂いを感じた。


 これは将来有望な予感。


「こちらこそ、ごめんね。私もよく見てなくて」


 レイスティーは少女に謝ると母親らしい女性が駆け寄って来る。


「娘がご迷惑をおかけして申し訳ありません」

「気になさらないで下さい。では、気を付けてお祭りを楽しんで下さい」


 レイスティーはそう言ってミラと共にその場を離れる。


 露店がズラリと立ち並び、花が飾られ、夜は灯りが灯るので一晩中賑やかだ。

 赤や黄色、白にピンク、淡い紫色、様々な花で彩られた町並みはとても華やいでいて、花弁を撒きながら人々に囲まれるコーネリオとフルーラはさながら新郎新婦のようだと思う。


 幸福に満ちた二人を民から祝福される結婚式のようだろうと思うとまた胸が痛くなる。


 コーネリオとフルーラが通る予定の道の状況を確認しながら賑やかな町を歩いていると目の前にクッキーが差し出された。


「疲れた? 食べる?」


 レイスティーの暗い表情を気にしてか、ミラが言う。


「大丈夫。ミラが食べて」


 ミラはお菓子や食べ物を買っては食べ、その度にレイスティーにも勧めてくれる。


「じゃあ、飴玉あげる」

「ありがとう」


 手に乗った三つの飴玉のうち、一つを口の中に放り込んだ。

 あとの二つはポケットの中に入れておく。


 あとで食べよう。


 懐かしい風景を眺め、予定の経路を一巡し、元の場所まで戻って来た。


「経路には問題ないし、準備も順調。そろそろ戻ろうか。お菓子もなくなるし」


 ミラはそう言って手持ちの菓子が切れたことをアピールする。

 祭りの賑やかさとは別に騒がしい気配があることに気付く。


「すみません! 助けて下さい!」


 慌てた女性がミラに声を掛けて来る。

 レイスティーは動きやすい私服だが、ミラは騎士団の制服を身に着けていて目立つ。


 よく見たら、先ほどぶつかった少女の母親である。

 血相を変えた様子にただ事ではないとミラとレイスティーは瞬時に察する。


「どうかしましたか?」


「娘が、娘がいないんです! ついさっきまで手を繋いでいたのが急に離れて……振り向いたら知らない男の人に手を引かれていて……!」


 青白い顔で震えながら母親は言う。

 レイスティーはその言葉に背筋が伸びた。


 緊急事態だ。


「男の特徴は?」

「黒い外套を着てました。背は高くて細めでしたが顔は見えませんでした……」


 震える声で母親は言う。


「分かりました。大丈夫です。必ず見つけますから」


 ミラは母親の手を握って言う。


「ミラ、騎士団に応援要請を」


「勿論。レイスティーは?」


「匂いを追う。今なら間に合う」


 砂糖菓子のような甘い匂いはしっかり記憶している。

 今なら追い掛けられる。


「分かった。気を付けて」


 母親はその場に残ってもらい、レイスティーはミラと別れる。

 男が姿を消した方向に向かって走りながら、充満する匂いの中で少女の魔力を探す。


 どこ、どこにいるの?


 心臓が嫌な音を立ててレイスティーを焦りに拍車をかける。

 集中しろ、集中。


 幼い女の子一人助けられなければ元騎士の名が廃るわよ、レイスティー!


 母親が教えてくれた同じような背格好、身なりの男を探しながら、子供が連れ込まれそうな場所を探す。


 その時、甘い匂いが鼻先に触れた。



「この匂い……!」


 砂糖菓子のような甘さの魔力臭と覚えのある匂いを感じ、レイスティーはその匂いを追い掛けた。


 人混みを搔き分けながら進み、匂いを掛けて人混みを抜けると古びた建物に辿り着く。


 三階建ての古い建物の一階は一年前まで衣料品店が入っていたはず。

 しかし、潰れたのか、移転したのかは分からないが現在、店舗は入っていないようだ。


 入口に人気はないことを確認し、気配を殺しながら慎重に建物の中に進んだ。

 少女の匂いを辿って二階に続く階段を上ると話声が聞えて来た。


 慎重に近づくと階段を上ってすぐの部屋の扉が開かれており、そこから会話が漏れている。


 扉の影で会話に耳を澄ませる。


「おい、こんなガキ、本当に金になるのか?」


「前金ももらっただろ? 青い色目のガキなら倍以上くれるってんだから美味い商売だろ?」


「それはそうだが……依頼主はガキ攫ってどうすんだ?」


「それは詮索しちゃいけねぇよ」


 中には男二人…………女の子は無事かしら?


 そっと中の様子を窺う部屋の中は箱が積み重なり、埃っぽかった。

女の子は口を塞がれ、手だけを後ろで縛られている状態で床に座らせられていた。


 無事で良かったと、一先ずは安堵する。


「それにこの石なんだ?」

「お守りだとよ。売れたら金になるかもな」


 あれは……!


 男達が弄んでいる薄い紫色の石にレイスティーは見覚えがあった。

 結界石の偽物に似ている。


 何としてもあの男達は捕まえなくちゃ。


 その時、女の子がレイスティーの存在に気付いた。

 そして立ち上がり、部屋の入口に向かって走り出す。


「おい! 待てガキ」

「逃げても無駄だぞ」


 幼い少女を見くびっている男達は笑いながら少女の後ろを小走りで追い掛けようとする。


 レイスティーはポケットから飴玉を取り出し、男達の顔面に投げつけた。


「ぐあっ!」

「うあっ!」


 飴玉が男達の目に直撃し、怯んでいる隙に胸に飛び込んできた少女を抱き上げて、走り出す。


「誰だ! テメェ!」

「逃がすな!」


 逃げるレイスティー達を男達が背後から追いかける。

 男達の怒声に少女の身体が震えるのが分かった。


「遅くなってごめんね! もう大丈夫だよ!」


 レイスティーは謝りながら階段を降り、入り口へと向かって駆ける。


 流石に丸腰で単独で乗り込むのは無謀だったかもしれないと少しだけ後悔するが少女の救出が最優先に切り替わった脳は自分が一般人で武器一つもっていないことを忘れさせた。



 制服でも着ていれば威嚇できるが、騎士団員ではないレイスティーにはそれすらもできない。


 レイスティーは階段の踊り場から一気に床へと着地する。

 しかし、少女を抱えていたために着地が上手く行かずに大きくよろけてしまう。


「捕まえたぞ!」


 よろめいた姿勢を立て直そうとするレイスティーのすぐ背後から声が聞え、その近さに思わず後ろを振り返る。


 視界にきらりと鉛色の刃物が光り、レイスティーは目を見開いた。

 振り上げられた刃物が真っすぐにレイスティーに向かってくる。


 この子だけは守らないと!


 レイスティーは少女の頭を守るようにぎゅっと抱き締め、強く目を瞑った。

 その時、ラベンダーのような甘い香りがレイスティーを包んだ。


 そしていつまで経っても何も起こらないことを疑問に思い、恐る恐る目を開き、その光景に目を疑う。


「こ、コーネリオ……副隊長……」


 レイスティーは少女ごとコーネリオの腕の中にいた。

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