第10話
「……誰か来ましたよ。アンスター隊長」
そう言うと、コーネリオはレイスティーから身を離し、レイスティーが扉の前から退く。
「どうぞ」
「失礼します」
コーネリオ入室を促すと入室してきたのは見知った顔だ。
扉が開き、視線がぶつかるなり、蹴りが飛んでくる。
瞬時に腕でいなしながら、足首を掴んでそのまま窓に向かって放り投げると宙で体勢を整えた相手が窓ガラスに着地し、もう一度飛び蹴りを入れようとレイスティーに向かってくる。
「お二人共、ここで暴れるのはやめて下さい」
コーネリオは腕を組み、窘めるように言う。
その素早い動きを目で追いながら足首を掴んで今度は床に叩き落とした。
ドツンっという大きな音がして相手が床に転がり、呻き声を上げた。
「久しぶりね! レイスティー!」
床に倒れ込んだまま、元気の良い声が発せられる。
「あのね、ミラ。目が合うなり蹴り掛からないでよ。危ないじゃない」
どこの不良だ。危ない。
「えー? だって久しぶりに会ったんだもの。再会の挨拶よ」
レイスティーの言葉に呑気に答えたのはミラ・エジェスだ。
レイスティーの同期で元同僚、おっとりとした口調だが意外にも戦闘狂だ。
「エジェスさん、後で窓ガラス修理しておいて下さいね」
コーネリオがバキバキと亀裂の入ったギリギリ割れていない窓ガラスを指して言う。
「もちろんです」
床からシュッと立ち上がったミラが敬礼をして答える。
「それと隊長、お菓子ありません?」
「どうぞ」
上官にお菓子を強請る部下なんて訊いたことないが、ミラは魔力を筋力と腕力に全振りすることで常人離れした力を発揮する。
魔力の補充には糖度の高い食べ物が不可欠なので常にお菓子を食べているし、二番隊には常に誰かがお菓子を持っているし、ストックがある。
「あひがふうごさいまふ」
貰ったクッキーを頬張りながらミラは敬礼する。
「それで、どうしました?」
「ほれが、ふっはいせひのまかひもほのはみふはひはひへ」
「食べてから話して下さい」
涼し気な表情でコーネリオが言うとゴクっとクッキーを飲み込んだミラが話し始める。
「結界石の偽物が発見されました」
「結界石の偽物?」
「えぇ。最近、窃盗事件が相次いでいるのですが、窃盗犯が結界石に非情によく似た石を所持しているのです。お陰で捜査が難航しています」
コーネリオは机の引き出しから小さな箱を取り出して、中身をレイスティーに渡した。
「エジェスさん、見つかった偽物は?」
「粉砕しちゃいました。すみません」
えへっと頭を掻くミラにコーネリオは大きな溜息をつく。
「気を付けて下さいとあれほど言ったでしょう」
「脆すぎるんですよ」
「あなたの腕力では鉛も鉄も挽肉と変わらないんですから、気を付けて下さい」
レイスティーは二人の会話を横で聞きながら、薄い紫色をした手の平にコロンっと転がる程度の大きさの結晶をまじまじと見つめる。
薄い紫色をした手の平にコロンっと転がる程度の大きさの結晶をまじまじと見つめる。
「こうして見るとただの綺麗な石ですね」
宝石ほどの輝きもないが、石ころにしては綺麗過ぎる、といった感想だ。
「王宮の警備室に許可は貰ってあります。これから本物の結界石を見に行きましょう」
本物と偽物を比較してみよう、ということらしい。
ミラとは一旦別れて、レイスティーはコーネリオと共に王宮に向かうことになった。
目の前に二頭、馬を連れて来られて、レイスティーに焦りが生まれる。
どうしよう……今日、ロングスカートなんだけど……。
制服の短いスカートやショートパンツなら問題ないが、ロングスカートで馬に跨るのはできれば避けたい。
けど……わざわざ馬車を使わせてもらうのも気が引けるし……。
跨るか。仕方ない。
みっともないが覚悟を決めて鐙に足をかけようとした時だ。
「何をしてるんです?」
「え?」
「まさか、その格好で馬に跨る気ですか?」
そのまさかですが。
呆れ顔のコーネリオの手には踏み台らしきものがある。
「こちらへ来てください」
コーネリオは馬の側に踏み台を置き、『失礼します』と断りを入れてからレイスティーの両脇に手を入れて軽々と持ち上げた。
「きゃあっ」
いきなり地面から足が離れ、慣れない浮遊感に声を上げてしまうが、コーネリオは構わずに踏み台に足を乗せてそのままレイスティーを二人乗り用の鞍に座らせる。
そしてそのままレイスティーの前に跨った。
「行きますよ。掴まっていて下さい」
どこに⁉
二人乗りなんてミラ以外としたことがない。
大体、一人で騎乗するし、二人乗りの機会がほとんどないのだ。
掴まる場所なんてありませんけど⁉
どうしようか手を彷徨わせていると、彷徨っていた手が捕まり、コーネリオの腹部に導かれる。
「ほら、反対の手も」
「し、失礼します……」
レイスティーはおずおずとコーネリオの腹部に腕を回す。
「しっかり掴まっていて下さいね。落ちますから」
微かにコーネリオの声が弾んだ気がしたが、緊張し過ぎてそれどころじゃない。
彼の背中から彼の温もりが伝わって来て、落ち着かない。
近くにいるだけで滲み出る彼の魔力の匂いが懐かしさと甘酸っぱい思い出を一緒に連れて来る。
どうか、どうかバレないで……。
ドキドキと忙しなく動く鼓動に自分がまだこの人を好きなのだと自覚させられる。
どうか、伝わりませんように……。
自分はここにいるべきじゃない。
早く終わらせて帰ろう。後戻りできなくなる前に。
レイスティーはそう自身に言い聞かせ、見慣れた風景を眺めながら心を落ち着かせることに努めた。
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