淡紅のインク

柳 一葉

第1話 プロローグ

彼女が「海外に旅行に行くね」と言ったとき、俺は笑って「気をつけて」だけ言った。それが最後だった。五日後、仕事から帰ってきた俺に、大学病院から電話が掛かってきた。


 あれからどう過ごしていたのか正直よく覚えていない。一週間は経ったらしい。コンビニで買い漁った弁当やパンも、もう腐ってる棄てないと蝿が来る季節になる。


 ポストの整理しないといけない。俺は重い足を玄関に向かわせる。鉛のように足が沈む。サンダルを履いてドアを開けた。久しぶりに浴びた陽射しが焼き付くようだった。ポストには、折り重なるように新聞とチラシが溢れていた。その束を引き抜こうとした時

 

カサッと何かが落ちた。

 

目をやるとそれは、彼女の筆跡だった。しかも宛名は俺。眩しさの中で俺はその封筒をじっと見つめた。時間が止まったようだった。そして、鼻の奥がツンとした。

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