第5話 異世界転生少女と魔女さん①
異世界転生少女と魔女さん
目が覚めた。いつもはアラームにたたき起こされるのに、今日はやけに綺麗で暖かな陽光が私を起こした。朝を告げるような小鳥の声がかすかに聞こえる。
寝起きのだるさもなく、不思議な爽やかさを感じながら首を少し起こした。
すると、見知らぬ部屋だった。ログハウスのような、丸太と板材を使って作られた部屋。壁に面して配置された机の上には魔女が使いそうな実験器具が無造作に置かれ、暖炉には小さめの大鍋が火にかけられていた。
なぜ…こんな場所に…?私は一人暮らし用ボロアパートで生活していたのに…
完全に体を起こすとベッドの傍にある小さなテーブルにカラフルな液体が入った試験管やらフラスコがあるのが目に入る。
…私はなんらかの実験に巻き込まれてしまったのか?
長い一人暮らしと激務の影響で驚く気力もないのだ。普通の余裕のある人間ならこんな状況に置かれたら慌てふためくだろうが、私はただ現状を眺めることしかできない。
考えるのが面倒になってきた。この異様にふかふかなベッドでもう一度眠ってしまおう。
再び目を覚ましてもこの部屋だった。夢の世界に閉じ込められたような焦りと、現実から切り離されたのではないかという期待感がじわりと滲んだ。
急かされるようにベッドから出る。今更ながらスマホがない。部屋を見回しても時計もない。いま着ている衣類さえ私のものではなかった。
窓から外を見る。窓の外は森だった。そよ風に揺れる葉の音と鳥の声が穏やかに流れている。木々は鬱蒼とはしていない。光がよく入っている森で手入れがされていることを感じる。もしかしたらこの家には主がいて、森の手入れをしているのかもしれない。
森の美しい景色を見ていると再びどうなってもいいような気分になった。
「…………。」
私は…あの荒波から逃れられたのだろうか…それとも次のまばたきで突然現実に引き戻されてしまうのか…
蹲ってしまう。どうにも不安が拭えない。終着点さえ見えない思考はどんどん心を塗りつぶしていく。数十秒は苦しんだ。本当は数時間だったかもしれないが、時計がないからわからない。
酷く怯えながら顔を上げた。現実にはまだ戻っていない。一瞬だけ安堵する。
体を奮い立たせた。部屋の観察でもしようと思った。振り返るとドアの方に長身の女性が立っていた。
流石に私もびっくりした。相手もびっくりしている。先に落ち着きを取り戻した女性が喋った。
「…目を覚ましたんですね。」
言葉から察するに、私はこの女性に保護されたのか…?
「はい…つい先ほどに…」
私は少し混乱していた。その様子を感じ取ったのか女性は説明を始めた。
「あなたはこの森で倒れてたんですよ。そこを私が見つけて…ここに寝かせました。体は大丈夫ですか…?」
倒れていた、か。昨日は確かに家のベッドで寝た。お酒を飲んだ覚えも、どこかで気絶した覚えもない。
女性はおっとりとした話し方をしている。あの森のような穏やかな雰囲気を纏っていて、魔女のようなローブとケープを纏っている。
「体は…多分大丈夫です。それでここは…」
日本…いや…
「地球…ですか…?」
否定して欲しかった。
「チキュウ…?地名の話でしょうか…?この森に特に呼び名はありません。私の森、ってところでしょうか。」
久しぶりに心から歓喜した。突然喜び始める私の姿は奇怪だったろうが気にしてられなかった。
私は新しい人生を始めた。この世界は緩やかだ。時の流れも、人々も、余裕を持って動いている。私は魔女さんの家を少しの間拠点とさせてもらって街で仕事を探した。
私の中にも余裕が生まれ始めていた。
ある日、迷子を拾いました。森の奥、木々の緑と木漏れ日の暖かい色が調和したひだまりに彼女は倒れていました。
あまりに穏やかな寝姿だったので最初は旅人か狩人が休憩してるのかなと思いましたが、何の荷物も持っていない様子だったのでとりあえず保護しました。
その子が私の家で生活を始めたばかりの頃は何か抑圧されている様子でしたが、今ではすっかり元気になってくれました。
「………。」
可愛らしい…。自らを過小評価しているがために生まれる弱々しさと時折垣間見える闇が庇護欲を煽ってきます…。
何よりあの小さな体…。思考こそ大人らしいですが体は若干幼いようで…低い身長…小さなお手々…大きな目…細い髪の毛…全てが私の心を惹きます…。
最近は自立を目指しているようですね。街で仕事も見つけたらしく、私の家から離れる時間も増えました…。
…そんなことしなくてもいいのに。
一生一緒に私の家で生活してしまえばいいのに…
私は魔女です。特に魔法薬学が得意で…たくさんの薬が私の家にはあります。
あの子が私なしでは生きられなくするような薬も…当然あります。
さて、そろそろ帰ってくる頃ですね。
百合短編集 むー @mu-sun
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