百合短編集

むー

第1話 幼女とサキュバスさん

幼女とサキュバスさん


昨今のブームでは吸精用の人間の他に愛玩用の人間を飼うらしい。大抵は男が飼われているが…あんな浅ましい生物のどこがいいのか…。


「さて…流石に衝動買いがすぎたな…」


…人間市場で珍しく少女が売られていたんだ…それが不憫で…そして…可愛らしかったから…。

「…君、名前は?」


少女は答えない。私は魔物なのだから仕方ない。人間は魔物がとても恐ろしい、そして話の通じない生き物だと思っているらしい。


…あながち間違いではないが。私以外のサキュバスには吸精狂いもいる。私はそこまで吸精欲はないが…。


とりあえずこの少女に部屋を用意する。人間でいう地方貴族のような立場の私はそれなりに大きな屋敷を持っている。部屋は簡単に用意できた。


「今日からここで寝てくれ。…あ、そうだ。メイドに気をつけて。あの子らも私と同じサキュバスだけど私とは少し違うから。…もう食事にしよう。待っていてくれ。」


…相当警戒されている。なんとかこちら側にも人格が存在することに気づいてもらえないだろうか…


食事作りタイム


人間も私たちと同じものを食べるようだ。たまに趣味で料理を作っていて良かった。こういうときに経験が活きるのだな。


「味はどうかな?完全に人間の味覚が分かっているわけじゃないから教えて欲しい。」


返事はない。小さく頷いたような気がする。少女は控えめな仕草をしていたが私が作った料理は良く食べていた。


「………」

…あまりじろじろ見ると怖がらせてしまうだろう…しかし…愛らしい…今すぐ撫で回したい…。やはり寝る部屋は同じにすれば良かった…しかし怖がらせるわけには…。


考え事をしていると少女がこちらを見ていることに気づいた。


「あ…どうかしたかい?…あ、食べ終わったのか。片付けは私がするよ。君は好きにしていて良い。本ならそこにたくさんある。」


ふむ…少しは緊張が解けたか。少女は本棚から本を取り、ソファに座った。サキュバスと人間は同じ言語を使うが、文章の癖が違ったりしないのだろうか。少女は現実逃避するように本に食い入る。…少し近づいてみるか。隣…とまではいかないが、せめて同じソファに座ってみたい。


「私も座っていいかな?」


少女は一瞬本から顔を上げて私の顔を見つめた。そして私の存在を気にするようにしながら目線を戻した。そういえば本を読めるのか。字が読める奴隷は少ない。そしてなにより彼女が本を読む姿は様になっていた。


私は少女から少し離れた位置に座った。まだまだ触るには叶わない。しかし進歩だ。初日にしてはかなり距離を縮めた。


「…体の手入れ…?」

人間飼育の指南書に書かれていた。簡単に言えばお風呂だ。特に子供の人間は直接洗ってやるのが良いと…。無理難題だ。

「君は…自分で体を洗えるかい…?」

少女は肯定的な仕草はしなかった。そこまで幼くはないがまだまだ親の手が必要な時期なのだろう…。しかし流石の私でも少女の柔肌に触れるのは…我慢が効くか分からない。

「…私が洗ってやろうか?」

少女は驚いた表情をした。最初のような怯えはない。…いっそ断ってくれてもいいんだが。

「ついてきてくれ。お風呂に入ろう。」


「大丈夫だ。流石に幼子に欲情はしない。」


嘘だ。めちゃくちゃ我慢すれば大丈夫と意味だ。


「さ、服を脱ごう。」


奴隷の服装のままだったから裸にするのは簡単だった。このままの服では可哀想だ…少女服は屋敷にあったか…?メイド長が私の子供の頃の服をコレクションしていたような…


「………………………」


直視しては駄目だ。上手いこと情報をシャットアウトするんだ。


「…まずは髪を洗おう。」


私が使っている高級髪用石鹸を切り出し、少女の髪に馴染ませるように泡立てていく。…少女は心地よさそうな顔をしている。


思いの外、理性は保つことができている。精神操作魔法に抵抗する時の感覚に似ているな、と思った。もはや無我の境地である。腐っても上位淫魔なのだ。


よし…!髪は綺麗になった。この子は血筋が良いのか、髪色や元々の毛艶は美しい。


さて…体も洗ってやろう。石鹸を手に取り、泡立てる。少女の肌に優しく触れる。そういえば体に傷跡などは見当たらない。傷のない奴隷…やはり何か高貴な血筋の人間なのだろうか…?


肌を優しく撫で、擦り、汚れを落としていく。順調だ。理性も保っている。腕は洗い終わったから次は胴を…


「……っぁ…」


胴に手を滑らせた時、少女が小さく息を漏らした。


「傷か何かに滲みたかい?」


驚いて洗う手を止める。少女は少しだけ間を置いて、こちらを覗くように振り向いた。その顔は少し赤くなっている。


「く…くすぐったくて…」


声を聞くのは初めてだった。森で歌う小鳥のように高く可愛らしい声。その声と表情には恥じらいが混じっていた。

なぜ突然そんな…。思わず顔を背ける。なんとか取り繕おうとして動揺を悟られないように声を出す。


「…体は自分で洗うか…?」


少女は少しだけ悩んで、再びこちらを向き、また扇情的な様子で呟く。


「…いえ…このまま…続けてほしいです…こうやって洗ってもらうのは…すごく安心するんです…」


「そ…そうか…」


再び手を少女の体に這わせる。今、私は体を洗ってやっているだけだ。邪念は捨てなければ。


なんとか洗い終えた。だが、我慢の限界である。ほんの少しでいい…吸精しなければ…


「あ…あの…?」


少女は不安そうに私を見ている。


「あぁ…すまない…なんでもないよ。髪を乾かしてあげよう。こっちにおいで。」


魔法を使い、温風を起こす。彼女の髪を乾かしていくと、それは自分の真の姿を思い出したかのように美しく靡いた。


軽く髪に触れる。サラサラと指をくすぐってくる。


「………」


そっと髪にキスした。今は、これで十分だ。


「…ふぅ…」


小さな満足感とともに息をつく。少女は不思議そうな顔をしてこちらに振り向いた。


「あぁ…なんでもないよ。さ、寝る準備をしよう。」


寝間着はメイド長と「交渉」して用意した。少女を寝室に案内して今日はおしまいだ。


人間の世話とは精神力を使うものだな…他のサキュバスはいくらでも吸精してるのだろうが、私はそういうつもり買ったのではない。…愛玩用に買ったわけでもないが。彼女が可愛らしいのは事実だ。


「ガチャ…」


突然私の寝室のドアが開いた。刺客か…?ドアの方向に目を向ける。


「あ…あの…」


少女が私の寝室のドアを開けていた。


「…何かあったかい?」


「ひ…ひとりで寝るのは…その…」


私は眠りがけに読んでいた本をサイドテーブルに置く。そしてベッドの端に座った。


「…おいで。」


少女は私の隣に座った。初対面の堅さはもはやない。私を保護者として認め、甘えてくれている。手を伸ばし、優しく頭を撫でる。小さな手に触れ、言葉をかける。


「不安かい…?それとも寂しい…?私に解決できることかな…?」


少女は私の手を握り、少しだけ体を寄せてくる。


「…あなたに触れていると…安心します…」


「…そうか…」


そういえば…


「少し…いいかな…?」


少女の前髪を除け、額が見えるようにした。そしてそこに、優しく、安心させるようにキスをした。


「…気分はどうかな?落ち着いた?」


少女は少しの間、額に手を置いて恥ずかしがった。すぐに眠そうに体の力を抜いた。


吸精とは相手の活力を奪う行為。少し工夫すればこういうことも可能だ。


「さて、今日は一緒に眠ろうか。」


毛布の端をくいっと持ち上げて少女を招く。


少女は穏やかに眠っている。私も心休まるひと時だった。


なかなかどうして、これほど愛しいのか…

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