第4話 還憶
蒸し暑い空のにおいがした。
雲の合間から流れる柱は、もう大きな壁になっていた。
昼間に降った雨は、もう乾いて。
地面に未練がましく残っている水たまりを蹴散らしながら歩く。
立ち上る水蒸気が、白いカーテンとなって静かにあたりを包み込む。
靴には湿った土がついて、滑りやすくなっている。
きっともうすぐ、空に大きなわたあめが浮かぶ季節になるのだろう。昔あの子が言っていた。
空だけが、薄情に雨上がりの白い陸地が顔を出していた。
もう少しで消える道を、横並びに二輪車でで押していく。
彼は、偶然にも僕と一緒に帰っている。
いつもそれぞれのペースで進む、違うグラフの線のように。
ただ、同じクラスなだけなふたり。
「いつぶりだろうな。お前と話すの。」
「さあな。」
隣を歩くままに、お互いに口だけ動かす。
「高校どこ行く?お前。」
少し間をおいて、そう返ってきた。
「さあな。」
返事は曖昧でいい。
本音は何も決まっていないだけだが。
ダラダラと中学最後の時間を浪費しているこんなやつに、未来はない。
俺にとっての夏は、あそこに置いてきたままだ。
他の奴らと同じ、当たり障りのない同じ話題を繰り返す。
きっとこいつもそういうふうに周りに合わせて生きることを望んでいる。
「おまえさ、もし俺があのとき―――」
「やめろ。」
「...すまん。」
謝る必要はない。
目配せしてお互いの意思を確認する。
「もう、いいんだ。ここでその事を言っていたって■■は帰って―――」
急に、自分の言葉にノイズがかかったような感じがした。
音が歪んで、その上から黒く黒く塗りつぶすような。
触れてはならない、禁忌だと。
「どうした?急に立ち止まって。」
気づけば、彼は僕より数m離れた先にいた。
蝉の声がうるさい。草木はまだ青々と葉を伸ばし始めたばかりで、あのときに近づいていく。
「なんでもない。」
霧の中から陰鬱な陽炎が、夏の亡霊が浮かぶ。
あいつの名前が、顔が、
思い出せない。
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