第2話 斯くて帝都は燃えゆ


 大陸の東側に、南北を二分するように存在する山脈の一番端にあり。山脈の中でも一際大きな山。


 霊峰トエナ。


 初代皇帝トエナ・デ・トリシアンが、単独でトエナ山を登り、山の頂きで天に登り神となった伝説が残る。その名を山に刻んだ皇帝の神話は、帝国を象徴する御伽噺おとぎばなしとして存在していた。


 トリシアン帝国、帝都テルスティア

 霊峰トエナ山の東の麓。大陸の東海岸と山に挟まれた場所こそが帝国の中心部である帝都なのである。

 山の様にそびえ立つ城を中心に、3重の壁に囲まれた城塞都市であり。貧民街や壁の外周に点在するスラムを含めると、数十万人に及ぶ大陸一の大都市でもある。

 


 帝都の中心にそびえる白亜の城。

 トリシアン帝国第21代皇帝ダカール王の住まう王城。


 その謁見の間。

 

 いつも以上に壁に控える、護衛の騎士達に囲まれ玉座に座る者。齢50になるダカール王である。


「本当に来るのであろうか」


「ええ、ええ。来ますとも。私の遠見には今日、この場に現れると出ておりまするので」


 皇帝の後ろ。玉座の影に隠れる様に座っている老婆が王に応える。

 この背筋が曲がった老婆、予言の魔女。

 何百年も生き永らえており、何代もの帝王に仕え、自身の能力である予言を元に王に助言し、国の助けとするである。


「フン。あのボンクラが言うことが本当か、確かめねばならん」


「爺。やめよ」


 王の左に立つ、背筋の通った老爺が言い放った悪態を王が止める。

 宮廷魔術師筆頭である老爺は、帝国の保有する魔法使いの集団。魔導師団の頂点に立つ者。

 保有魔力量によって寿命が延びる傾向がある魔法使いだが、それでもなお、数百年生きるこの老爺は、歴代の帝王に仕える、大陸一の魔法使いのである。


「しかし、一体いつになるやら」


「お前達。落ち着かんか」


 王の右に立つ、プレートアーマーを着て居る男も不満げに言い放つ。

 王の剣であり盾でもある近衛騎士団の団長。数多くの戦歴と腕前を持ち、帝国の全軍をまとめる大将軍である。


「駄目です…駄目です…逃げないと。逃げないと駄目です…」


「ユードリック…」


 騎士団団長の横に座り俯く第1皇子。親指を噛みながらブツブツと呟くユードリックの姿は、全くの別人の様に姿になっていた。

 目は充血して窪み、頬は痩せこける。金色だった御髪は真っ白になり、ところどころ隙間だらけに。過呼吸と震えが止まらなく。噛み続けた両手は血だらけになっている。


 あの戦場から逃げ延び。道中にある町の伝令用の軍馬を使い潰しながらの強行軍で、帝都に帰って来たのである。

 7日かかる筈の道を5日で帰って来た皇子は、すぐに皇帝に謁見。マローネの胸像を持ちながら事の顛末を説明したが信じてもらえなかった。

 そして、魔王とのやり取りなど記憶を何度も想い返すたびにこの様な姿になっていったのである。


 魔王からユードリックにお土産として持って帰させられた、息子マローネだった胸像オブジェを見せられた公爵家当主は、怒り泣き崩落た。

 自慢の息子が、いずれ自分の後を継ぐ筈だった大切な我が子が、悲惨な姿で帰って来たのだ。


 その次の日には、皇子の証言を確かめる、と、自領に帰り、兵を率いて王国に向かった。

 声と体は震え、目の奥には復讐と怨念が宿っていたのだ。止めることなど出来はしない。


 そろそろ、公爵軍を全力で率いて王国に着く頃だろうか。



「魔女よ。まだは見えないのか」


「ええ、ええ。魔王が来た後の先はまだ見えませぬ。暗きにあり。眩しくある。見えませぬ。観えませぬ。分かりませぬ」


 王の問いに、魔女は何度も呟く様に応える。


「どうしたババア。ついに耄碌したか?」


 そんな魔女に悪態を付く老爺。


「黙れクソジジイ!ああ!そうか!お前か!お前のその態度が!その言動が!お前の存在が!この国を一番暗くする!」


 魔女が血走った目を剥きツバを飛ばしながら声を荒げる。


「どう言う事だ。魔女よ」


 急に声を荒げ、老爺に食いつかんとばかりの魔女の様子に驚く。長年側にいるが、この様な姿は見たことがない。


「はい。今しがた見えました。観えました。この爺が原因で帝国は無くなるやもしれませぬ」


「それは…」


「おや。これはこれは、失礼を。お話の最中でしたか」


 魔女と話している途中で、突然、さえぎられる。これと言って特徴の無い、黒髪の男が皇帝の前に立っていた。入り口の扉が開いた様子も無く。音も影も無く立っていた。誰にも気付かれること無く、いつの間にか皇帝の御前に存在していたのである。


「!?貴様は!?」


 皇帝は驚き、声が大きくなる。団長と老爺は、躊躇なく男と皇帝の間に入り。周りの護衛騎士達は、瞬時に抜刀し男を取り囲む。


 聞き覚えのある声にユードリックは、その場で頭を抱え、小さくなろうとして丸くなった。出来るだけアイツの目に留まらない様にするために。震えて漏れる声を抑え、息を殺す。

 

 殺気が玉座に溢れ出す。


「ふむ。ノックも無しに入ったのは謝罪しますが、お客様に剣を向けるのは頂けませんね」


 向けられる敵意や殺気など興味が無い、と、笑顔でパンと手を打つ。すると。


 グシャリ


 と、剣を向けていた近衛達が小さな音と共に一斉に潰される。ところどころが赤く染まり、プレートアーマーと同じ素材でできた玉が30ばかり転がった。

 男の立つ床以外が赤く染まる。花が咲いた様に。濃厚な血の匂いが充満する。むせる程鉄臭く酸っぱい。赤い死の色だ。赤い死の匂いである。


「な!?…爺!」


「いえ。魔法では無い。マナの動きが無かった。だとしたらあの力は一体…?」

 

 ダカール王が王位に就く前も戦争に出て色々な死を見てきた。自らも前線に出て、剣で裂き、魔法で燃やした。

 しかし、これは。このは見たことも、聞いた事もない。


「ご挨拶には、ご挨拶を。ですので」


 唖然としながら玉座に座る皇帝に、団長と老爺を挟んだ状態で話しかける男。あいだの2人の事など眼中に無いと言わんばかりに。

 皇帝は、目を見開いたまま言葉が出ない。今、目の前で起きた事を信じることが出来ない。魔法では無い不可思議な現象の前にどうすれば良いかと、考える事が出来ない。


 人が少なくなり広くなった玉座の間で、男が笑っている。叩いたまま結ばれていた両手を開きながら、真っ赤に染まった床で、唯一汚れていない床の上に立っている。


「さて。いきなりで失礼だとはおおもいになると存じますが、貴方様がこの国の王様である、と。間違いないでしょうか?」


 わざとらしくへりくだりながら問いかける男。明らかな挑発であるが、乗っては行けない。周りに転がる人間だった物を見ながら、王は大きく息を吸う。


「そうだ。我が21代目皇帝ダカールである」


 震え声を抑え、声を張り上げる。威厳は無いかもしれない。しかし、皇帝として尊厳がある。


「ああ。やはり貴方が皇帝陛下でしたか」


 嬉しそうに戯ける男。


 ユードリックの話が本当であれば、この男が魔王のハズである。が、魔王であるが無い。

 先程の諸行を実際に見ていても、この男からは魔王が無いのである。


 それどころか、強者の放つ気配オーラの様なものすら無く。ただ、そこらに居る平民達と変わりなかった。だが、それが余計に恐怖心を煽る。

 見た目はただの普通の人間のはずだが。しかし、今、目の前ので、自身の護衛の為に詰めていた近衛の全員が、物言わぬ玉になったのだ。

 

「それではですね。手ぶらだと失礼かと思いまして。お土産を持ってまいりました。いえ。献上にまいりました。が、正しいのですかねぇ?」


 魔王は、戯けながら右手を前に突き出す。その突然の動きに対して、王の前に立つ2人はすぐさま動く。団長は、剣を抜き盾を構え。老爺は、魔法で障壁を張り備える。

 

 瞬時に行われた2人の行動に対して、魔王は笑みを深めながら見つめて。


「おや。大丈夫ですよ。コチラを献上しようと思いまして」


 魔王は、言葉にするや否や。突き出した右手の前に何か布に包まれた物が実現する。何も無かった空間に突然出てきたのである。


「…!?空間転移!?…いや、虚数倉庫ストレージか!?」


 老爺が声を荒げる。生きる伝説とも言われた大魔法使いでもある自分が、常日頃追い求めている未知の魔法が、今、目の前で使われたのだと。


「そんなに大げさなものでは御座いません」


 ククク、と喉を鳴らしながら笑う魔王。


「それよりもコチラをどうぞ」


 白い生地をはためかせながら、ゆっくりとコチラにやってくる。が、もちろん、そんな不審物を王の下に届ける訳には行かない。団長は目の前に来た瞬間に盾で弾く。


「あらあら」


 魔王はニヤニヤとしながら見ている。弾いた衝撃で布が外れながらユードリックの前に滑り込む。頭を抱えていたユードリックは目の前の物を見た。見てしまった。


「ああ!?マローネ!?ああぁ!?済まない!済まない!マローネ!」


 滑り込んできた物。ソレは、つい先日まで自分が運んで来た物と同じ物。しかし、ソレをよく見ると若干違う様に見える。だが、錯乱しているユードリックには同じ用に見える。あの時の胸像マローネと同じ様に。

 横で見ていた皇帝はソレが何なのかが分かった。あの日、引き留める事の出来なかった公爵である事を。息子と同じく、四角い箱の上に恐怖を貼り付けた顔のまま、同じ胸像となった公爵である事を。


「あの村で待っていたのですよ。殺された村人の埋葬や壊された家の解体をしながら。日が経つのを」


 魔王はゆっくりと話ながらコチラを見ている。


「そしたら、この人達がぞろぞろと来ましてね。剣を抜きながら『話をしたい』と。笑っちゃいましたよ」


 喉が鳴る。コロコロと。大げさに手を振りながら笑う。


「『息子を殺したヤツはどこだ』『魔王はどこだ』と剣を振り回しながら言い迫って来たので。皆さん、同じ様に致しました。お陰で掃除が大変でしたよ。血は洗い流しにくいのもので」


 一呼吸入れる様にため息をつく。三日月は張り付いたまま。肩をすくめながらコチラを見ている。


「それで」


 話を進めようとした瞬間。天井から人影が落ちてくる。大型の魔獣をも仕留める毒を塗ったナイフと一緒に魔王にぶつかるはず


「おや?危ないですよ急に」


 ぶつかる寸前、影が横にブレる。見えない力に阻まれる様に。そのまま影は壁まで飛んでいき、叩きつけられた。したたかに打ち付けられ毒を塗ったナイフは、暗殺者の男の手からこぼれ落ちる。


「話している途中でしょうに」


 魔王は壁に寄りかかっている男の方を見た。

 隙を見せた。


 瞬間


大爆発ビックバン!」

「はぁあああ!」


 老爺の目潰しを兼ねた魔法と団長の気合の必殺の一撃が炸裂する。

 が、届かない。


 魔法は届かず、剣は阻まれる。


「硬い!ぬお!?」


 一撃を阻まれた団長は、魔王の見えない力で後ろに弾かれ王の下に飛ばされる。結構な勢いで飛ばされたが、空中でバランスを正し、地面に落ちる寸前で受け身を取り着地する団長。


「ぬかったわ!」

「フン!若造が。一撃必殺とはこう言う事だ!」


 決めきれ無かった団長に悪態を付いた老爺は、両手を前にかざし魔法を唱える。


火炎球ファイアーボール!」


 ただの火炎球ファイアーボールではない。青白く光るソレは、極高温の証。極めて高い魔力操作と魔力を使用した一撃必殺。例え当たらなくても、高温に熱せられた空気が肺を焼く程の熱量。

 王の後ろに控えていた老婆がとっさに魔法障壁を張る。王と団長と、ついでにユードリックを守る様に。


「死ね!!」


 老爺の絶叫と共に打ち出される魔法。魔王はコチラを見たまま動かない。その顔は、初めて笑顔以外の顔貼り付けていた。


 ズドン。と音がした。


 白煙が部屋を覆い尽くし、周りが見えない。幾分かすると割れた窓から風が入り視界が開けてくる。

 謁見の間は悲惨そのものになっていた。壁にヒビが入り、無事な部分を探すのが難しい程破壊されている。

 

 しかし、魔王は何事も無かったかの様に立っていた。


「はあ。貴方方もお話をする気はないようですね」


 肩を落とし落胆するようにため息を吐く。


「今回の件は、賠償金とそちらの王子様の首で終わらせようと思ったのですが。事情が変わりました」


 顎に手を当て考える様に唸る。


「そちらのご老人と、後ろに居ますお婆様の首。後は…そうですね。この帝都も頂きましょう」


「何を!?」


「ご老人とお婆様。魔法を使う瞬間、目が黒く光りましたね?」


「!?」


「それは外道の証。外方げほうで魔力と寿命を延ばした証拠。そこまでして生きるのに何人の子どもの魂を食べましたか?」


 いきなりの事で王は答えることが出来ない。そんな噂を聞いた事があった。荒唐無稽な話として無視をしていたが、どういう事だろうか。

 確かに、2人が魔法や予言を使用するたびに目が黒く光っていた。しかし、それらは2人の特異的な魔力と寿命から来るものだと聞いている。


「なにを世迷い言を」


「ああ、別にいいです。釈明や言い訳は要りません。私が嘘を付いていると言いたいのでしょうし」


 皇帝の言葉を遮り自分の話を進める。王の事はすでに眼中に無い。


「何度か邪教徒達を潰した事があるのですが。皆さん同じ様に目が黒く光ってまして。気になってお掃除の前に聞いたのですよ」


 魔王の顔は無表情だ。だが、目に憤怒と侮蔑が宿っている。


「『無垢な魂を利用して魔力や寿命を延ばす』でしたか?結構大掛かりな儀式の割には地味ですよね。2人分の魂で1年分の寿命とは」


 老爺の顔を見ながら話す魔王。


「そんなモノは知らん」


 フン、と鼻を鳴らしながら答える老爺。


「ええ、ですから聞かないのですよ。皆さんなにを言っても『しらない』としか言わないので、聞く意味が無いのです。しかし、仙人として長寿な人達と同じだと思っていましたが。まさかまさか、見落としてました」


 ため息を付きながら頭を振る。


「今回の戦争は、子供達を確保する為に起こしたのですね」


 老爺と老婆、転がっている王子を見つめながら呟く。見つめる目は嫌悪に染まっていた。


「どうせ、この帝都のどこかにあるのでしょう?邪教徒どもの儀式場が」


 魔王は話しながら壁に手を向ける。暗殺者はまだ壁に寄りかかったままである。

 向けた手を軽く降る。それだけで壁一面が無くなった。気絶した暗殺者ごと。

 王城は高台にある為、城下町と遠くにトエナ山が見える。


「なにをする!?」


「黙って見てて下さい」


 皇帝の言葉にどうでもいい様に答える魔王。


 魔王は街と山が見える穴の空いた壁の方を向き、両手を胸の前に持ってくる。

 両手の間に不可視の力が働き、空気が吸い込まれる様に風が逆巻く。


「おお!マナが!空気中のマナが一か所に!今度はどんな魔法だ!?なにを見せてくれる!?」

 

 魔王は老爺の興奮する声を無視をする。


 最初は、小さな火の玉だった。それが一瞬にして一抱えの大玉となり、壁の穴を塞ぐ程大きさに変わる。

 そこから火の玉は徐々に小さくなっていく。色も、赤から青に。そして青白く、白く変化する。そして直視出来なくなるほど光り輝き出した。

 それでも魔王は止めない。さらに小さくなり、光りが鈍りだして徐々に黒くなる。爪の先ほどの、極小さな大きさの玉になると。

 

「えいや」とばかりに軽く突き出す。


 小さな黒い玉は魔王の手から外れ、ゆっくりと飛んでいく。最初はゆっくりだったが加速度的にスピードが上がっていく。霊峰トエナに向かって。


 黒い光が山肌に触れた瞬間、霊峰トエナの上半分が消えた。


 音も衝撃も無く山が半分消え去ったのだ。



 体は震えは止まった。だが、声が出せない。もはや王としての威厳など無意味なのだと、理解不能で理不尽な力の前だと無力なのだと分からされたのだ。

 しかし、目の前の老爺は違うようだ。後ろから見ても興奮し、魔王に今にも掴みかかろうとしている。横の団長は必死に止めようとするが。


「なんだ今の魔法は!教えろ!はやk…ぎぴ!?ギガががっっあが!?」


 興奮してまくし立てた老爺が途中で痛みだす。目は血走り両手足が曲がらない方へ曲がる。目と耳と鼻の穴から赤い液体がこぼれ出す。

 老婆の方も震えている。ひどい痛みが走っているはずだが能面の様な無表情の顔は崩れなかった。

 

「やめ!やめろ!?あぎ!?」

「ああ。ダメですね。もうおしまいなのですね」


「お前達は苦しんで死ね」


 言うやいなや、左手を軽く振るうと。老爺と老婆の首が飛ぶ。残された体は見る間もなく小さくなり、この世から消えた。首はひとりでに浮き魔王の下に。


「この首は城門に飾りますね。此度の大罪人として」


 また、手を軽く振るうと消える首。今の動作で2つの首が城門に飛んだのだろうか。

 やはり分からない。アレが魔法なのか、理解しがたい、神の如き力なのか。


 魔王は自分に頭に両手の人差し指を当てる。すると頭の中で声が聞こえた。自分だけでは無い。団長の困惑する様子を見るに他の人達にも聞こえるのだろう。話の内容的に、おそらくこの帝都中に。


『本日はお日柄も良く、山を消し飛ばすにはとてもいい日でしょう。帝都の皆様こんにちは。魔王でございます』


 アレだけの事をしてふざけている。まるで遊んでいるかのような。


『一カ月程前。私の居る国の、住んでいた村に。この国の兵隊さん達が襲ってきました。幸い戦争中でしたのでほとんどが避難していたのですが、住処は破壊され残っていた住人達は皆殺しにされました。私の家も!家族も!』


『なので、これは報復です。復讐です。しかし、まだ足りません』


『3日だけあげましょう。この帝都からお逃げなさい。3日目の夜明け前に、この帝都をあの山の様に消し去りましょう』


『ふふ。私は魔王ですが慈悲深いのです。フフフ…。みだりに皆殺しなどしません。ですが…』

『ふふっ、ああ、ダメだ。耐えきれない!あははははははははははははははははっ!』


 魔王が突然笑い出した。両手を広げ。何か、内側から湧き出てくるものに耐えきれない様に。


『お前達の望んだ事だろう!戦争だ!お前達の望んだ破壊だ!望む通りに死を撒き散らそう!全てを破壊し尽くそう!喜べ!喝采せよ!歓喜せよ!!』


『我は死なり!世界の破壊者なり!

我は魔王なり!世界の破滅者なり!

悉くを破壊し!悉くを飲み込む者なり!』


『しかして逃げよ。我は追わぬ。』


『それでは皆様。3日後までご機嫌よう』


 それを最後に目の前から消えた。



 帝都は混乱した。

 後ろにそびえるお山が無くなったのだ。しかもそれを行なった存在が、今度は自分達の住んでいる帝都を消し飛ばすと言ったのだ。

 最初は、誰も信じなかった。しかし、我先にと逃げ出す王族や法衣貴族達を見て唖然とした。


 あの事が本当だと。


 持つ物も持たず逃げ出す人。

 店舗の売り物を荷馬車に乗せる者。それを狙う人。

 この帝都から出ても行く当ても無い者。残る者。


 ほとんどが逃げ出した。残るのは動けない者ばかり。土地に縛られた者。生きるのに疲れた者。魔王を信じていない者。火事場泥棒じみた人もいた。

 

 そして。



 3日後の夜明け前。東の空に光りが灯る。


 太陽では無い。


 暗い夜ではっきりと見えるアレは、なんだろうか。


 帝都に残された住民達はソレを見ていた。

 丘の上から帝都の城壁が遠く、小さく見える場所に逃げた人達はソレを見ていた。


 だんだんと明るく大きくなるソレを。

 ただ帝都に落ちていくのを見つめていた。



 瞬間



 激しい閃光と轟音。

 衝撃波と熱波。



 丘の上から見ていた人達は、突風に転がされ熱で目と喉と皮膚を焼いた。

 そして、自分達が逃げてきた方を見て唖然とした。


 巨大な城壁に囲まれ、美しい城がそびえ立っていた帝都。強大で雄大な帝国の象徴ともいえる場所聖地


 そこには何も残っていなかったのだ。


 深く抉り取られた地面からキノコの様な雲が立ち昇る。

 

 しばらく唖然としながら見ていた。なぜ自分達がこんな理不尽な目に遭うのか分からないまま。


 周りを見ると、荷馬車は転がり物が散乱して。布や木材など燃えやすい物が燃えている。無事だった人達は少なく、首や手足が曲がり動かない人が多数いた。ふと気付く。自分の耳が聞こえない事を。


 その聞こえない耳で声が聞こえる。魔王の笑い声が。破壊者の声が頭の中でこだまする。

 

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