第17話
初めの分かれ道に来て、俺はようやく口を開いた。
「送ってく……ってわけにも行かないよな」
霧島はこくりと頷き、また並んで同じ道を歩き始めた。
「ごめんな」
俺のせいでいつも世話をかけてしまう。
「謝らなくても……澤見さんと一緒に帰るのは、少し楽しいですし」
そういって、霧島は優しく微笑んだ。
こんなこと早く終わらせないといけない。終わりがあって、それが来れば、霧島に世話をかけることもなく、霧島も普通の生活に戻れる。そう思って、俺は霧島に問い掛けた。
「なあ、霧島。あの怪物ってあとどれくらいいるんだ?」
問われて霧島はしばし考え込むように眉を寄せて、答えた。
「――――正確にはわかりません。だけど、もうそんなに多い……というわけではなさそうです」
あの怪物は一体何なのだろう。どうして俺を狙っているのだろう。ずっと疑問に思っていることではあった。だけど、考えたところでわかるはずもなく、それは霧島も同じで、多くない、というのも予想でしかなかった。
だけど、いつか終わりが来るかもしれない。俺はそんな僅かな希望を胸に抱いた。
「まぁ、後どんくらいいるかわからないけど、あの怪物全部やっつけられたら、そん時はおまえを家までちゃんと送ってやるからな」
「そうなると……いいですね」
霧島は少し照れた口調で、俯いて言った。
「そうするんだよ。それまで、がんばろうな」
何をがんばるのか、言っている自分でもよくわからなかったが、そう言うのが一番自然だったような気がした。霧島は小さく微笑み、一つ頷いた。
「なんか、霧島ってさ……」
「なんですか?」
霧島は首を傾げて、訊ね返して来た。これも近頃よくみる霧島の仕草の一つだ。もう癖になっているのだろう。
「なんか話しやすくなったし、明るくなったよな。前だったら俺が謝っても、謝る必要はありません!って、言ってたのに」
「そうですね。きっとそう言ってたでしょうね」
霧島は少しうつむいてそう言った。
「前まで、私は必要最低限のことさえわかっていれば、それでいいと思っていました。流れていく毎日に身を任せ、ただ、彼らを斬っていくことが私の全てだと思っていました。私がそれ以外のことをする意味なんてないと、そう思っていました……でも―――」
霧島の鞄についている鈴がちりんと鳴った。
「――――でも今は違います。今は少しでもたくさんのことを経験しておきたい。いろんな物を見てみたい。いろんなことを感じていたい」
霧島は凛とした眼差しで空を見上げた。広がる夜空が星の瞬きをより一層強めていたように思えた。
「たとえそれが、望まれていないとしても……」
「望まれていない……?」
意味をつかめず、俺が霧島に訊ね返そうと振り向くと、霧島は鋭い目つきで前を見据えていた。
「来ます……」
微かに頭が痺れた。そして、空間の歪みから、やはりそれは現れた。
霧島は刀を引き抜き、構えた。俺は少しさがって、その様子を見つめた。
頭の痺れが日を重ねるごとに弱くなっているのを感じていた。そして、いつも聞こえてきていたあの声も聞こえない。何かがいつもと違う。
「もっと下がって!」
霧島の声で俺は我に返った。そうだ。今はそんなことを気にしている場合ではない。霧島はすでに怪物との戦闘を開始していた。
巨大な怪物の腕が霧島めがけて振り下ろされる。それを霧島は難なく受け止め、流すように払いのける。いまだ双方とも一撃を加えられずにいる。
――互角の戦い……なのだろうか。霧島の攻撃を避ける怪物。怪物の攻撃を受け流す霧島。戦いの流れが俺の目の前で繰り返される。
――どうして俺は霧島と怪物の戦いを手に取るように理解しているのか。むしろ二人の動きの先を読んでいるようにさえ思える。
霧島が舞うように怪物の身体を斬りつけた。それにも構わず、怪物は腕を横になぎ払う。
読んでいたかのようにその攻撃をかわし、怪物の腕を切り落とす。
――どうして俺は今、目の前にいる怪物に恐怖していないのだろうか。
霧島が怪物の頭に刀を突き刺した。引き抜くと同時に怪物を蹴り倒し、すぐに首を切断した。霧島は怪物の返り血をよけるように後ろへと下がった。
――なぜ今まで俺は怪物に襲われる理由を深く追求しようとしなかったのだろうか。本当はわかっているんじゃないだろうか。ただ、全てを知ることから逃げているだけなんじゃないだろうか。
砂に変わっていく怪物を見つめながら、ふと、そう思ったときだった。
「そんなの意味無いからに決まってるじゃないか」
急に少年が現れた。金髪で、まだ十二、三歳の少年。こちらをじっと見ながらにやにやと笑っている。
「あんたはもう気付いてるんだろ? でも、気付かない振りしてるだけ」
俺に向かって言っているのだろうか。にやにやと笑うその態度が俺の心を苛立たせていた。
「あなたは……」
淡々と喋る少年はゆっくりと俺達に近づいてきていた。霧島も困惑した様子でその少年を見つめていた。
「はじめまして――かな? いや、久しぶりって言うのかもね………」
少年はそう言うとその幼い顔には決して合わない嘲笑を浮かべた。
「まだわからないのか? 霧島桃花」
霧島の目に動揺が走った。
「まさか………」
「うん。そのまさかだよ」
ふと聞き覚えのある声のような気がした。いや、確かにどこかで聞いたことのある声だった。
「澤見さん! 下がって!」
霧島が俺を後ろへと押し倒した。そして、刀を抜き、再度身構えた。
「何が……」
状況を理解できずに目を上げたときだった。金属と金属のぶつかる音があたりに響いた。その甲高い音に俺は耳をふさいだ。
少年は武器を手に霧島に斬りかかっていた。槍の先端に斧を取り付けたようなその武器は街頭の光を反射して白銀に輝いていた。霧島はそれを刀で受け止めていた。
「どうして……どうしてこんなことが……」
霧島の言葉を聞いた少年が不敵に笑った。
「僕らに与えられたものが君に与えられた。君が与えられたものが僕に与えられた。当然の結果じゃないか」
俺は混乱の中、焦りを抑えつつ、後ろに下がった。心臓の鼓動を抑えようと息を呑んで霧島と少年を見つめていた。俺にはそうする事しかできなかった。
そして、それが終わりの始まりであることに、俺は気付いていなかった。
俺は、気付いていなかったんだ。
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