第2話 父、転生し"完璧な父親"を演じる


 ミリスティ家当主、バルト=ミリスティ――自分が自分として目覚めたのは、二日前のことだ。


「当主様? ご気分が優れないようですが、どうかなされましたか」


 召使いから名を呼ばれ、突っ伏していた机から起きた自分は困惑した。


 ……ここは、どこだ?


 床や棚を埋め尽くすほど、乱雑に散らかった書物。テーブルや机の至るところに謎の薬瓶が転がり、敷かれた絨毯はすすけてうっすらと濡れている。どうやら西洋風の、研究室のようだが……

 と、部屋の端にある姿見をみて、また驚く。


 すすけた金髪をオールバックにまとめた、壮年の男性。

 貴族服に身を包み、うっすらと皺が滲みつつも若さが混じった長身の青年。おそらく三十代後半と思われるが……これが、自分?


 しばし戸惑い、傍にいたメイド服の少女に「ここはどこか?」等とつい聞いてしまったが……

 ふと、気づく。


 もしや――異世界転生、という現象ではないか?


 じつは自分は、生前の……記憶に残っている自分は、日本に住んでいた壮年の男性だ。

 とある中規模病院で医師を務め、いつものように当直の激務をこなし、帰宅したところで激しい胸痛に見舞われた。救急車を呼ぼうとしたが、うまくいかず倒れた所まで覚えている。


 推測だが、自分は転生したのだろう。

 激務の合間、息抜きに漫画を読む趣味があったのが幸いだった。異世界転生という文化を知らなければ、もっと混乱していたことだろう。


 ――という訳で、現状の理解に努めた。

 当家の専属メイド、リリザの話。および、転生前の自分がつけた日記によると……


 自分の元の名は、バルト=ミリスティ。

 中世ヨーロッパ風かつ魔法がある世界に住む、魔法医師――魔法で患者を治癒するミリスティ家の当主だ。昔は王都に住み、高名な医師として頼られていた頃もあったようだが、一年前に郊外へと転居。


 難病にかかった一人娘、シーシャを救うため……と、日記にあった。

 生前のバルト氏は、細々と仕事をこなしつつ娘のために尽力したらしい。

 しかし、娘の病状は悪化。

 バルト自身も精神を病み、ついには己の身体をも実験に使い”転生の秘薬”と呼ばれる禁忌に手を出したところで日記は途絶えていた。


 ……と、二日かけて状況を整理した頃、召使いのリリザから報告が入った。

 娘が目覚めた、と。

 生前のバルト氏が与えた薬が、劇的に効いたのだ、と。


 話を聞いた自分は、ふと、己の人生を考え――結論に至る。



 娘シーシャの前では、”完璧な父親”として振る舞おう、と。

 生前の心残り――自分自身の後悔を、やり直すためだ。




 転生前の自分は現役の医師という、社会人としては成功した部類にあった……しかし、家庭的な面では大きな過ちを犯していた。


 研修医としてデビューし、二十代半ばに同職場の看護師と結婚。

 一人娘を儲け、順風満帆に過ごしていたある日――突然、地獄に突き落とされた。

 妻の不倫が発覚したのだ。

 しかも相手は、自分とおなじ職場の上司……あの時の、腸が煮えくり返り、目の前のすべてが真っ赤になるような感覚は今でも忘れられない。


 夫婦で互いを罵りあい、どうして自分はこんな相手と結ばれたのかと散々悔やむ一方――自分が抱いたのは、娘に対する深い後悔だ。

 娘は、幼いながらも本当によくできた娘だった。

 離婚後も色々あったが、自分についてきてくれた娘は一人でもきちんと生活を整え、立派に育ってくれた。

 だが……


 「私は大丈夫だから。お仕事がんばって、お父さん」と、いつも寂しげに応援してくれた表情が、記憶をよぎる。


 職業柄、急患対応で呼ばれることも多く、娘との時間を作ることが出来なかった。

 父親としてワンオペ業務に忙殺されていたのもあるが……今にして思えば、逃げていたのかもしれない。妻とのいざこざで娘を傷つけた後悔から、娘ときちんと向き合うのが怖くなって……


 ……幸いなことに、娘はその後成長し、高校、大学と卒業した。

 新人として仕事も始めたらしいので、大丈夫だとは思うが……寂しい想いをさせたな、とは思う。




 そんな折に、新たに一人娘を持つ父親に転生したら……自然と、思うであろう?

 幼い少女を、不安にさせたくない、と。

 事情を全く知らぬとはいえ、目を覚ました愛娘に「君の父親は二日前に転生した他人だよ」などと話すなど論外だと。


 だから自分は悩んだ末――演じることにした。

 そう。娘を不安にさせない、”完璧な父親”を!


 ゆえに、メイドと共に全く記憶にない愛娘を見た瞬間、自分は、


「おお、シーシャ。愛しき我が娘よ、よくぞ目を覚ましてくれた……!」


 大げさに涙し、娘を力強く抱きしめた。

 ”完璧な父親”は、娘のために涙するものだろう?

 幸か不幸か医療現場に務めていた身だ、親族の不幸には何度も立ち会ってきたので要領は分かる。


 その甲斐あってか、最初はぼんやりしていた娘も、おずおずと自分に触れ。

 自分の腕の中に、顔を埋め――大声をあげて涙した。


「ああ、お父様! お父様ああああっ!」

「シーシャっ……ああ、良かった、我が娘よ! 本当によかったっ……!」


 ……いやまあ、本心では戸惑いしかないのだがな……。

 全く記憶にない娘だし。


 ……とはいえ、今の父は”完璧な父親”として振る舞わねばならない。

 でなければ二度目の人生にも後悔が残るだろうし、かの娘も不安になるだろう。父親たる者、愛娘に不安を抱かせる等あってはならないからな!


 と、偽りの涙を払い、愛娘を愛するフリをして……


「…………」

「…………」


 ……で。

 ……ここから自分は、何をしたらいいんだ?


 映画や漫画で、病床から蘇った娘と感動の再会! みたいなシーンはありそうだから、涙するのは理解できるのだが。

 ……その先。

 普通の家族とは、ここから先……一体何をすればいい?


 ……っ、し、しまった。

 ”完璧な父親”という目標を立てたはいいが、実際に何をすればいいのか分からない。


 転生前から仕事に忙殺され、娘との会話もろくになかった自分は――まずい、父親としての経験値が少なすぎる。

 一体、どうすればいいんだ……!?


*


 父の温もりに抱き留められ、偽りの涙を零しながら、私は思った。


 ……あれ?

 家族って普通、感動の再会をしたあとって……何をするの?

 ”完璧な娘”って、父親にどんな話をするの?


 生前の毒親なら、ひたすら親の自慢話と憐憫話を聞きつつニコニコしてるだけで良かったけど。


 ……え、やば。どどど、どうしようっ……!?


 ねえ。ここで物語はハッピーエンド、父と娘はその後幸せに暮らしましたとさ。

 っていうモノローグで、全部終わりにしちゃダメかしら!?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る