転生家族は隠したい ~前世で毒親に捨てられた私、二度目は”完璧な家族”めざして異世界ライフを楽しみます!~

時田唯

第1話 愛娘、転生し"完璧な娘"を演じる

「おお、シーシャ。愛しき娘よ、よくぞ目を覚ましてくれた……!」


 薄れていたはずの意識が浮かび、私がまず驚いたのは――天蓋付きのベッドでも、見覚えのないおじさんの顔でもなく。

 普通に呼吸ができる……っていう素直な、驚きと感動だった。



 ……あれ。私って、死んだはずじゃあ……?

 記憶がごちゃっと混乱する。……私はついさっきまで、自宅のベッドで呼吸に苦しみ、いつ止まるか分からない心臓に怯えながら、毎日泣いていたはずだけど……。


 おかしいな、と腕を上げる。……私の知ってる、枝のように細い皮と骨だけのものじゃない。

 少し幼いけど、ぷにぷにとした肉付きのある指先には、しっかりと血が通っていて瑞々しい。

 手のひらを握る。ぐー、して、ぱーにする。思い通りに指が動いて、うわぁ……と不思議に思う。


 これ……もしかして、私?

 私は私に触れる。鏡がないから分からないけど、年齢はたぶん十歳くらい。髪に触れるとさらりとした感触が返ってきて、すくい上げるとゆるやかな銀髪が川のように流れてわああっと心の中で驚く。


 顔を上げる。先程から大粒の涙を流して喜んでいるのは、金髪をぎゅっとオールバックにまとめたおじさんだ。

 御貴族様みたいな立派な服を着てて、なんだか、日本じゃないみたいだけど……と周りを見れば、西洋風の丁度品に豪華な壷やら絵画やら。

 しかも、おじさんの後ろには薄い赤髪のメイドさんもいる。


 あなたは誰? ここはどこ?

 と、混乱しつつも――聡明な私はすぐに気づく。


 もしかして……異世界転生?


 そう思った理由もある。転生前、幼い頃から病気がちで体力がなく、長年ベッドとお友達だった私が一番親しんでいたのは、現実の学校や友達ではなく物語の世界だった。

 とくにWeb小説は課金しなくても無限に読めるし、私みたいな病弱少女が異世界で健康な身体に……っていう作品もあって、すごく楽しみに読んでたのよね。


 と、なると……


 私は涙で瞳を赤くするおじさまを伺う。

 「ああ、シーシャ……」と、喜ぶこの人は……私のお父様。もしくは親戚の人だろう。

 つまり私の庇護者にして、私の命綱を握る人だ。


 私は”シーシャ”と呼ばれた名を、記憶に刻みながら――なるほど、と理解し。


 早くも、人生最大の壁にぶつかったことを理解する。


「…………」


 何かって?

 異世界転生して、家族に愛され、チートも貰ってトントン拍子に……なんて話もよく聞くけど、そんなことより一番最初にやるべきこと。それは――




 親に愛されること。

 いま、号泣されているお父様らしき御方に、家族として――”完璧な娘”として振る舞い、愛されること。





 ……え? 家族に愛されるなんて普通? そう思える人はきっと、幸せな人生を送ってきたのね。

 でも私は違う。家族というものを、根っから信用していないわ。


 ――前世の私の両親は、はっきり言って頭に超がつく毒親だった。


 父母そろって自称ナチュラリスト。自然が一番、人工物は汚染されている! が口癖だった。

 食事はいつも無農薬のナントカ産、生野菜やポテトに薄味のお粥と病人食みたいなものばかり。小学校の頃、友達が食べてた揚げパンが凄く羨ましかったわ……

 で、そんな近所の子と遊ぶと母が出てきて、「うちの子供が汚れる」と叱り、遠ざけられる。

 子供だけでなく学校の先生にも、校長先生にも給食センターにもクレームをつける超毒親。

 挙句、私が病気になっても自然の力で治るといい、病院にも連れて行かれず命を落とした……それが、前世の私。


 前世では今ごろ、父母揃って「私の娘は人生を自然のまま真っ当した……悔いはないわ」と自己憐憫に浸りながら涙してるに違いないわね。

 バカバカしい。死んだのは私なのに!


 というわけで私は、家族、という存在にとんでもない不信感を持っているの。


 ……けど、転生した私は、十歳くらいの子供。

 親の庇護なく、生きていけるはずもない。

 異世界、っていう状況もよく分かんないし……それに、転生した”シーシャ”の身体も病弱っぽいし。


 見た感じ、この家はそれなりにお金持ちらしい。

 お父様(仮)も涙してる所をみるに、”シーシャ”は愛されていたんだろう。なら、私がすべきことは――


 家族愛を利用し”完璧な娘”を演じて、生き延びる!


 私だって、二度も死にたくはない。

 生きたい。

 病に苦しみ、のたうち回るだけの人生なんて絶対嫌。

 普通に呼吸をして、普通に歩いて、普通にご飯を食べて普通に寝る……そんな夢を叶えるには、親に見捨てられないことが大切よ。

 だから、親の庇護欲をかき立てる”完璧な娘”になる必要があるの。


 間違っても、私がじつは本物のシーシャじゃない、なんてバレたらダメ。

 ……事情を知らない御父様(仮)や隣のメイドさん、元の”シーシャ”って子には申し訳ないけど……!


「……お父様」

「シーシャ……」


 御父様(仮)を見上げ、ほろりと嘘の涙を零す私。

 全く知らないおじさんだけど”完璧な娘”なら、御父様に抱きついて涙するに違いない、と腕を伸ばし――大きな身体に顔をうずめ、号泣した。


「ああ、お父様! お父様ああああっ!」

「シーシャっ……ああ、良かった、我が娘よ! 本当によかったっ……!」


 ――あ、ごめんなさい。嘘泣きですけど、御父様に対して、とくに思うところはないです。

 完全に演技です。この人、知らないおじさんだし……。

 でも、目の前で号泣してる娘がじつは現代日本から転生した病弱少女です、なんて言えないし。なら号泣しておいた方が、お得よね?


 ……とにかく。二度目の人生をもらった以上、私はきちんと生きてみせる。

 御父様(仮)も使用人も欺き”完璧な娘”を演じることで、私は、私の人生を取り戻す。


 それが私の目標よ! 家族とは、利用するもの、だから!


*


 いとしき愛娘、シーシャの身体を胸元にたぐり寄せ、涙しながら。

 父――バルト=ミリスティはうっすらと背筋に流れる冷や汗をぬぐい、渦巻く感情を押し殺した。


 くっ……一体誰なんだ、この娘は!?


 情報によると、どうやら自分の愛娘らしいが――言えない。

 感極まる娘に対し、まさか自分が「二日前に君のパパに転生した元日本人です、等と……言えるはずがない。


 そう――”完璧な父親”を目指す者として……っ!

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